のろいのことばはまじないのことば

「兄さん、ロシアから電話だ。カリーニングラードの件で話があるそうだ」
「ロシアの事なんか嫌いだからいないっつっとけっていつも言ってんだろ?」

 そう言いながらプロイセンは、渡された電話の子機を受け取る。

「あーもしもし、ロシア?なんだよ、仕事の話だって?」
「……素直になったらどうなんだ」
「…ヴェスト、なんか言ったか?」

 ドイツは知っている。兄がロシアの事が好きである事を。それなのに毎日嫌いだと言い続けている事を。

「家にいない方が珍しい兄さんをどう断れと言うんだって言っただけだ」

 ロシアだってプロイセンの事を嫌いなわけではないのだから、ドイツは素直に仲良くなればいいのにと思っている。それがドイツ自身の立場の問題であるとすれば申し訳ないところだが、国であっても個人的な付き合いはあっても反対ではなく、寧ろ良いと思っていた。
 それでもある日から二人は間違いなく近づいているのだ。ソビエト連邦が崩壊した後の二人は本当に会話すらしなかった。カリーニングラードについて何かあっても、「ヴェストを通さないと話さない」と言う時もあった。何があったかの詳細はドイツは知らないが、今は大分良い方だと思っている。あとはもう少し素直に接すれば、と思うところだった。




 時は遡る。
 ベルリンの壁が取り壊され、プロイセンはドイツとの間を行き来するようになった。それでもまだ仕事の多くはソビエトの家に残しているものばかりで、暫くはそちらの方に滞在していた。そのうちこの家をでなければならないだろうが、そんなものはいくらでも言い訳出来るだろう。プロイセンは、もう国ではなかったから。

「あぁーお前なんか大っ嫌いだ!本当に嫌いだ。なんで俺様はお前の言いなりなんだよお前が元宗主国だからか?あぁー俺様最大の汚点…いや、これでよかったのだ。こうしてお前を内側から崩壊させていってやろう」
「煩いなぁ、黙ってよ。僕、仕事中なんだよ?分かってる?分かったなら部屋を出てって。集中したいから」
「嫌だね」

 そんな事を言われても、プロイセンは部屋を出ては行かなかった。今日この日は自分の仕事をほっぽり投げてロシアの執務室を掃除すると決めたからだ。そう今朝独りでに決めた。やめておいたほうが、と皆に言われても止めずにロシアの部屋にはたきとバケツと雑巾を持って入ったのだ。
 何しに来たの?と言われても、掃除しに来たと言って黙々と掃除をしていた。時折、けほんとロシアが噎せていても知らんぷり。掃除をマメにしないお前が悪いんだと勝手に心の中で呟いた。

「もぉ…なんなの?今日も嫌がらせ?」
「そうに決まってんだろ」

 嫌いなんだから、とそう言う。嫌い、キライ、きらい。その言葉は呪うように毎日言っている。ロシアも最初は傷ついた顔をして涙を瞳に浮かべていたが、最近ではもう慣れて来たのか何も言わない。嫌いだなんて言わないでよ、友達でしょ?そう縋るように言っていたロシアは見る影を無くした。つまらない。

「プロイセン君もこの家を出てくの?」
「…は?」
「もうすぐ君のお望み通り、来年このお家は取り壊しになるよ。みんな出ていくって言ってるから」
「なんだ…ソレ…?」
「知らなかったの?」

 淡々と答えるロシアにも違和感を感じる。皆と一緒に居たがるロシアが、出ていくという言葉に無感動だ。

「…………でもお前、別のとこに住むんだろ?まぁ、お前がどうしてもって言うならそっちに移ってやってもいいけどな。あーヴェストがなんて言うか…」
「いいよ、別に。僕一人でも」

 子供の願いを聞き届けるかのように仕方なさを装ったが、ロシアは迷いなく拒否する。

「……っ、」

 その言葉に、プロイセンは傷ついた。何故なら、

「……そうかよっ。まぁ俺様もせいせいするぜ。嫌いなお前と一緒に居なくても良くなるからな!」

 プロイセンはロシアの事が好きだったから。

 プロイセンは、好きだと言えないわけではなかった。
 素直になれないわけでもなかった。
 ただ、忘れてほしくはなかったのだ。自分というものを。

 だから、ロシアに対して嫌いだと言い続ける。
 のろいの言葉のように。記憶に刻まれるように。



 ソビエトの家を取り壊す前日。

「お前、まだ部屋にいたのか?何にもねーだろ」
「……うん、でもちょっと愛着があるっていうか…寂しいじゃない?」

 皆が食事する大広間の、いつもロシアが座っている椅子に彼は腰を掛けていた。

「この家、好きな子と一緒だったのになって」

 そう漏らすロシアに、プロイセンは今日ロシアを見つけたらすると決めている事を躊躇う。

「なんだよ好きな子って……なんか意味深だな。俺達皆お前の中じゃ家族だったんじゃねーのかよ?」
「家族…だといいけどね。家族とも思ってなさそうだし、僕の事嫌いみたいだし…皆」

 取って付け加えたような『皆』という言葉に、違和感を感じる。やはり、好きな子というのはロシアに想い人が居るという事らしい。
 誰だろう。ノーマルでない自分を比較に出すのは躊躇うが、性的にノーマルだとしたら血の濃いウクライナやベラルーシ…いや、ベラルーシに対してはいつも本気で困ってる様子だから違うだろう。だけれど、もしもノーマルじゃなかったとしたら、リトアニアやラトビアだろうか。そんなことを考え始め、心の中がざわついた。

「……なぁ」

 最初に計画していた事とは少し言い訳がずれるが、これならいけるかもしれない。ざわついた心を収めるように、当初予定していたことを思い出してそう思い直す。

「…好きな子っつーのが居るんならよ、互いに好きな奴想像して、してみねぇ?」
「………………何を?」

 長い沈黙の後、ロシアはそう聞き返す。純なところがあるとは思っていたが、本当に分からない様子だったので、言い直した。

「セックス」
「、え!?」

 プロイセンの言葉に目をむいたロシアに何でもない風を装って言葉を続けた。

「好きな奴居るんだろ?」
「居るけど…って、え?何言ってるの…?君、僕の事嫌いなんでしょ、」
「するのかしねぇのか、どっちだ?」

 えぇっ、と真っ赤な顔をして困った表情を浮かべるロシアに、プロイセンはしまった、と思った。答えを選ばせるようでは、逃げ道を作ってしまうことになるからだ。心中落ち着かなくなったプロイセンはとりあえずロシアの言葉を待つ。

「しな、」
「まぁ―――お前に選ぶ権利はねぇけどな」

 冷や汗が背中を伝う。否定の言葉を言わせる前に行動出来た。よし、やったぞ俺様と自分を褒めてロシアに近づく。でもそうだ、今ここで思いついた物言いをしたのでは、ポケットに準備した物を出すに出せない。最初からそのつもりだったと思われるのは、今更ながらに何だか癪だった。
 プロイセンは勝手にロシアの膝の上に乗り上げ、マフラーを外す。

「ちょっと…プロイセン君?」

 何してるの、と疑念の表情を浮かべた為、目の前のロシアの唇を塞いだ。その瞬間、心の中がじんわり温かく満たされた気がした。驚きのあまりに見開かれた瞳が綺麗で、あぁやっぱり俺はロシアの事が好きなんだな、と改めて思う。唇を離してロシアの服を脱がそうとすれば、彼は身じろいだ。

「ちょっと、やめてプロイセン君、おかしいよ。どうしたの君…、」
「どうもしねぇよ。いいじゃねぇか一回くらい。俺だってヴェストのところに帰ってオナニーの回数増やすの面倒臭いんだよ」
「え…?」

 動揺を見せるロシアを気にせず、プロイセンは彼の着ている下衣を剥ぎにかかった。ロシアの下半身に触れた時、顔が火照った。勃っている。がちがちではないが。自分の羞恥心を気づかれぬように、プロイセンは下着の上からそれを撫でる。すると、びくりと彼は反応を示した。

「その気になってないわけじゃなさそうだが?」
「いじわる……っ」

 泣きそうな表情で、それでも真っ赤に頬を染めたロシアを可愛いと思った。
 下着の中に手を入れてやわやわと上下に擦ると、ロシアは手で自身の顔を覆ってしまった。それにしても自分より大きいそれに、プロイセンはごくりと唾を飲み込む。

「俺も好きな奴想像するからよ?お前もせいぜい楽しめよ」
「……っ、」

 言いながら自身の下衣も寛げる。指の隙間からロシアがプロイセンのものを凝視していた。その視線からの羞恥心に耐えながら、プロイセンは自身のものもゆっくり扱い始める。プロイセンはロシアのイく表情さえ拝めれば数十年はそれで我慢出来るとして、今している以上の事は求めないつもりだった。最後までしてドン引きされたら、それこそ恐ろしくて数百年引きこもりたくなる。
 セックスとは名ばかりのマスカキだ。

「…っん…、プロイセンくん……っ」
「好きな奴の事呼べって。いいぜ?俺、これでも口堅い方だから」

 ただし、心は恐らくズタボロに傷つくだろうけれど。
 ロシアは次第に息が上がっていき、気持ち良さそうに吐息を吐く。それがもっと見たくて、膝からそっと下りて身体を下げる。不思議そうなロシアの視線を受けながら、プロイセンは口を開いてロシアのものを咥え込んだ。噎せ返る牡の香りに興奮を覚える。誰でもいいわけではない。ロシアだからだ。
 びくりと彼のものは反応を示す。口の中のものが硬度を増した。全部は口の中には入らず入るところまでをぐいと喉まで押し込んで、入りきらないところを指で撫でた。次第にプロイセンはロシアのものを扱う方に集中するようになり、自身のものを扱わず、彼のものを両の手で擦った。

「……っだめ…、離して…も…、」
「…っ、んく…っ………ふ……」

 制止の言葉も聞かずそのまま口の中でロシアの事を舐り続けると、ロシアはプロイセンの中で爆ぜた。強い匂いと味に吐き出しそうになるが、それを我慢して彼の精液を飲み込む。涙を溜めた恥ずかしそうな表情が、驚きに満ちた表情に変わり、プロイセンはしまった、と考える。やりすぎたか、と。急速に体温が冷めていく。動転した頭で必死にこの後をどうしようかと考えていた。
 しかし、ロシアのぎらぎらとした目とプロイセンの目が合い、びくりと肩が跳ねる。何を考えているのかが分からず身を引こうとすると、ロシアは腕を引っ張りテーブルへと押し付けた。

「ろし…、」
「プロイセン君…僕で遊んでるの?楽しい?」
「………っ」

 本気で怒らせてしまったようだ。

「酷いよ…僕、君の事好きなのに」
「ざ、残念だったな…俺様はお前の事嫌いだしな……っ」

 その言葉がどうせ自分の想っている事とは違う事に傷つく。それを気取られないように突き放した物言いをすると、益々ロシアは苛立ちを露わにした。

「そういうところ、嫌い」

 そうロシアが述懐すると唇を近づけてきた。思わずぎゅっと目を瞑ると、僅かな間を置いて唇にロシアの唇の温もりが伝わる。挨拶以外のロシアからのキス。長めのそれに、少しだけ目を開くと同時にロシアは舌を捩じ込んだ。プロイセンは身じろぐと、まるで逃がさないと言うように、ロシアが彼の手をテーブルへと縫い付ける。

「ふ…っ、」

 息苦しさに吐息を漏らす。侵略行為のように荒々しいキスだ。プロイセンは顔を背け、唇を離そうとするが、今度は顔を逸らさないように右手で押さえつけてくる。押さえがなくなった左手で、ロシアの事を離そうとするが、びくともしなかった。

「はな…せ、」

 尚も続くキスに思わず舌を噛むと、その瞬間ロシアの顔は離れた。

「………っ息、出来ねぇだろ…っ馬鹿」
「…プロイセン君……」

 泣きそうな、傷ついた顔。なんで、とロシアは小さく口にした。

「何でも糞もあるかよ!お前は俺を窒息死させるつもりか!嫌だぜ、俺様がお前のキスで死ぬなんて」

 ロシアは僅かに思案する表情を浮かべながら、プロイセンに問い掛ける。

「僕の事…嫌いなんでしょ?」

 今更なその問い掛けに、プロイセンは答えた。

「――……嫌いに決まってんだろうがよ!」
「……だよね」

 寂しそうにそう笑うと、ロシアはプロイセンの下肢に触れた。びくりと身体が跳ねる。足から股間へと辿る手に慌てて逃げようとするとロシアは逃さまいとした。

「ずるいよ」
「なん…、」

 股間に触れたロシアの手は思っていたよりも熱く、プロイセンは息を飲む。その熱が、恐らくは先程の自身がしたフェラチオのせいだと気づいたからだ。

「分かってる?僕、君の事好きなんだよ?僕の事嫌いだって言うのに、あんな事してさ……」
「ひ……っんっ」

 乱暴な手つきでプロイセンのペニスを擦ると、プロイセンは小さく嬌声を上げた。気を良くしたのかロシアは先程よりもやんわりと扱き出すと、くぐもった吐息が漏れる。
 ――好き?ロシアが俺を?疑問符が頭の中に浮かぶ。

「君は君の好きな人の事でも考えてたら?僕は君の事だけ考えてするから」
「何言ってんだ、おま…っんンっ」

 先程のロシアの達した時の表情とキスとで充分に勃起してしまっている。いっその事身を隠して自分一人で抜きたいくらいだ。ロシアが先に達した後の事など考えてもいなかった。
 嫌いだと言い続けたせいで好きだという言葉が言えなくなる。自分で自分の行きたい道を塞いでしまっていた事に気づき、後悔が沸いてきた。自分はロシアに自分を覚えさせようとして傷つけて、好かれる努力をしただろうか。いや、していない。それなのに好きだと言う。嬉しさと悔しさと幸福感と後悔とが折り混ざって、涙が出そうだった。

「泣いても許してあげないよ」

 涙目を悟られロシアに釘を刺される。許して欲しいなんて思わないが、好きだと言えるチャンスが欲しい。

「ふ…んぁ、ぁっ」

 前を扱われながら後ろの秘部に触れられてあられもない声が出てしまう。
 男同士、もしもこのままするとしたら絶対痛いに違いない。と、マニュアルに書いてあった。頭の端で考えながらどうしようか惑っていると、コロンとポケットの中の物が床へと落ちた。

「あっ」
「…どうかした?」
「……ローション床に落ちた」
「え?あぁ、それ?」

 言うか言うまいか悩んだ挙句その落ちたものを示すと、ロシアは瞬きをする。

「つ…使えよ」
「面倒だしよくわからないからいいよ」
「いやいや、そうじゃなくて……、ぁンっ」

 ロシアの指が前立腺を掠めたのか、プロイセンは甘い声を漏らした。するとロシアは微笑んで問い掛ける。

「この辺り?この辺がいいの?」
「やめっ…あ、はっぁ…ろし、……っ」
「よかったぁ、気持ちよくしてあげるからね」

 そう言いながらぐいぐいとプロイセンの弱いポイントを押してくる。執拗に攻めてくるロシアに、プロイセンは呼吸も整わない。前と後ろを弄ばれ、急速に高まる射精感をプロイセンは止められなかった。

「…っ」
「駄目だよ」
「ふぁ…っぁ、ああっん、」

 唇を噛んで声を漏らさないようにやり過ごそうとすると、ロシアが閉ざした唇に柔らかなキスをする。思わず声が漏れると、その声を今度はロシアが飲み込んだ。舌が入って来ないようにと自身の舌で追いやろうとしても、ロシアの舌はプロイセンの口内へと捩じ込まれ、舌を絡めとる。嫌々している行為に見えるだろうが、好きな人のキスが嫌なはずがない。

「んん……ン、ふぅンん……っッ」

 キスの気持ち良さもあって、もうイくから離せと訴えるように啼いたが、叶うはずなくプロイセンはロシアの手中で白濁の液を吐き出す。

「…は…ぁ、ふ…っぁ、ぁぁっんっ」

 しかし達したと言うのに、その唇と手を離さず攻め続けるロシア。プロイセンは目で訴えるが、暫く離して貰えそうになかった。
 息が絶え絶えになると、ロシアはプロイセンの足に引っ掛かる下衣を引き抜いた。そして膝裏を押し上げる。

「な…っにして、」
「何って、セックスするんでしょ?」

 アナルにロシアのペニスが押し当てられる。先程フェラチオをした時の彼の大きさを思い出し、体温が下がった。このままだと絶対に裂ける。ローションはまだ床に転がったままだ。言ってもどうせロシアは聞く耳を持たないのだろう。プロイセンは覚悟を決めた。

「……っく、」

 間を開けずロシアは自身のものを押し付けてきた。体積のあるそれを中に受け入れる。強い摩擦に灼ける熱を感じると、寧ろその痛みがロシアと繋がっている事を示しているようで安堵へと変わっていった。元々甘い関係ではなかったから、これでいいのかもしれない。そう思いながら、プロイセンはロシアの身体の下で喘ぐ。

「ちょ…と待て、それ以上は無理…だ、」
「無理?」

 多分奥に当たっているからと説明しようとしたが、キョトンとした表情を浮かべたロシアはそんな事も気にせず更に腰を進めた。

「んンっ……ろし…ぁ」

 きっとみっともない表情でも浮かべているのだろう。プロイセンは頼むからそれ以上は、と生理的に滲む涙を浮かべながら懇願した。
 その時、ロシアの喉が鳴る。

「プロイセン君…無理」
「へ…?っあ、んぁっ」

 そう言って僅かに身体を引いたかと思えば、また一気に奥へと押し込んできて、体内を圧迫する。緩やかな往復をするようになって、そのリズムが整い始めると、プロイセンもその律動に合わせて喘ぎ声を漏らした。
 それからは、プロイセンはもう思い出したくなどない過去の出来事。
 彼はロシアの下で卑猥な姿を晒し、ロシアに一晩中抱かれた。時折、好きだという言葉を掛けられながらしつこく身体を求められた。
 思い出したくないと言っても、焼け付くように刷り込まれたその記憶はもう忘れる事など出来ない。

 翌日プロイセンは身体が痛むのを感じながら、ロシアには黙ってソビエトの家を出た。
 合わせる顔がなかった。自身の醜態を晒してしまったから、会いたくなどなかった。



 それから10年近く経つ。

「兄さん、カリーニングラードの事でロシアから話があるそうなんだが…」
「今度の会議ででもお前が話を聞いておいてくれ」
「……分かった」

 あれから、ロシアからのアクションは全て断るようになった。
 それでもプロイセンがロシアの事が好きな事は変わりはなかった。本来、この時点で両想いだというのに、プロイセンは自身のした事を呪った。今まで嫌いだと言い続けていなければ、今ロシアと恋人同士になっていたのではないか、と。終わった事を悔やんでも仕方がないのだが、後悔せずにはいられない。

「兄さん、ロシアと何かあったのか?あっちの家を出るまでロシアを拒絶してはいなかったじゃないか」
「何にもねーよ。ロシアの事が嫌いなのは元からだ。昔っからいけ好かねぇ」
「…………」

 まるで癖のようになっている『嫌い』という言葉に、更に自己嫌悪がやってくる。何で俺様がこんなに悩まないといけないんだ、それもこれもロシアのせいだ、と自分自身に言い訳を重ねた。
 ロシアがプロイセンの事を好きだというのは確かなようで、会わない間もそれとなくロシアがプロイセンを想う様子が見られた。
 例えば、ケーニヒスベルク大聖堂の復興。琥珀の間の復元。新しいものを建てればいいものを、復興、復元などと言われては、プロイセンはちくちくと良心を刺される思いだった。
 こちらは何も言わずに出て行ったのに。最悪の別れ方をしたはずなのに。

「兄さん、今日もロシアから電話だぞ。いい加減出てくれないか。俺には分からない事が結構あってだな……」
「……ヤダ」

 もう何百回目かの電話。リビングのソファーで寛ぐプロイセンに、ドイツは溜め息を吐く。

「今日は、カリーニングラードが独立運動をしているから今すぐ手を貸して欲しいって」
「なん、」

 なんだって、と思わずその電話の子機を取ってしまったのがいけなかった。

「……大丈夫か?」

 思わず最初の一言で気遣う素振りをしてしまったのがいけなかった。

『プロイセン君?…久しぶり』
「…あ、あぁ…久しぶりだな……」

 どうやって話せばいいのか、と何度も考えていたのに、あっさりと話をしてしまって、プロイセンは幾度も想像した会話など無駄にしていた。

「カリーニングラードがどうしたって?」
『うん、ごめん。それ、自分でもなんとか出来る話だから』
「は?」
『プロイセン君、こうでもしないと話してくれないと思って』

 確かにその通りだ。
 独立だのなんだの言われなければ、この電話に出なかったかもしれない。いや、今まで通り出なかった。

『……あのね、聞きたかった事があって』
「なんだよ…?」

 今までになく真剣な声色をするロシアに、プロイセンは耳を傾けた。

『……君、僕の事本当は好きだったでしょ』
「は?」

 ロシアの言葉に一瞬にして顔が火照った。熱くなる身体を冷ますように、電話機を持たない手でパタパタと自身を扇ぐ。

「なーに言ってんだよ、」
『僕分かったの。君が本当に誰かを嫌いになると、話もしたがらないんだって』
「……、」

 誰か、とは言ったが、それがロシア自身を指している事に気づく。
 ロシアは本当に自分は嫌われてしまったのだと話している。
 そんな事はないのに。今もプロイセンはロシアの事が好きだと言うのに。

「――あー…、」
『……だから、えっとその……ごめんね、あの日の事』

 謝られても、実際にそうなる風にしてしまったのはプロイセンのせいでもあるのだが、自ら謝罪するロシアにプロイセンは狼狽えた。

『僕…初めて後悔しちゃった。君にあんな事しちゃった事。だから、君に許してもらえたらって思って、僕なりに色々したんだけど……そもそも君に謝っていなかったなって思って』
「そ、」

 そうだぜお前が全部悪い、と今までのように言いかけてそれを飲み込む。自分だって少しも悪くないとは思っていない。
 ふとプロイセンが周囲を見回すと、ドイツと目が合った。プロイセンは心配そうにこちらを気にしているドイツに手で合図を送り、席を外してもらう。ドイツもそのジェスチャーを受けて、リビングから出て行った。恐らく私室に向かったのだろう。電話から聞こえるロシアの声が、ドイツに届いていなければいいなと思いながらプロイセンはロシアの話を聞いていた。

『だから、ごめんね』

 こんな事を言わせておいて、いいのだろうか。ふとプロイセンは疑問に行き当たる。ロシアは何年も気掛かりでこうして話をしてきたというのに、プロイセン自身はまるでロシアを蔑ろにするなんて、自身の格好がつかないのではないだろうか。
 そんな余計な事を考え始め、軽く首を振る。自分は間違っていない、と言い聞かせるように。

『……ごめん』

 落ち着こうとしている様子が、受話器を通して感じる。震えているのが、分かった。

「……別に」

 上手く言葉に出来ずにいると、ロシアは問い掛ける。

『怒らないんだね?……それって本気で僕の事が嫌いだから、もうどうでもいいって事なのかな』
「…っ」

 そうじゃない。そんなわけはない。そう言いたいのに、どうにも天邪鬼ばかりしていたプロイセンは今更本当の事など言えなくて、口を噤む。

『………』

 沈黙が痛い。
 例えば、今好きだと言えたら楽になってしまえるだろうか。
 例えば、今好きだと言えたら意地を張る事もなくなるだろうか。

「ろ、ロシア……っ」
『何…?』
「あ、あの…な……、」
『うん』

 例えば、今好きだと言えたらロシアと自分は恋人にでもなれるのだろうか。

「……………やっぱなし!」
『えぇっ?何、なんだったの?』
「なんでもねぇ!」
『――重要な事じゃないの?』

 重要な事、と言われたらそうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。国の事ではない。だから、こんな話余計かもしれない。
 言い訳のように心の中で言葉が並べられる。必要ない。本当はこんな話、必要ないんだ。

「どうでもいい事だ!」
『言いかけたなら話してよ〜』
「嫌だ」

 押し問答を繰り返す。
 何をやっているのだろう、とプロイセンは落ち込んだ。言えばいいものを。こんなの格好悪くて仕方がない。

『ヒント頂戴』
「やらねぇよ。なんだと思ってるんだよ俺様の気持ちを」
『え?プロイセン君の気持ちの話なの?傷ついた、とか?』

 墓穴を掘ったが、ロシアはその意味に気づかず、プロイセンは安堵したがどこか残念にも思う。
 自分の気持ちを言わずとも知れなどと言うつもりはないが、言うに言えないこの気持ちをどうすればいいのか分からない。
 ロシアは自分の事を好きだと言った。なら、何も怖がる事などないではないか。そう思うのに、言えない。

「お、お前は今でも俺様の事が…その、好き、なのか?」
『えっ?……そう、だよ』

 ロシアの一瞬戸惑った言葉に、怯える。
 本当はそんなつもりはもうないだとか、そんな事を言われるのではないかと女々しい事を考える。
 ……らしくない。分かっているのに、動揺する自身が情けない。

「………お前、俺がお前の事嫌いじゃないって言ったら、どう思う……?」

 声が震えた気がした。
 駄目だ、冗談に聞こえるように言いたかったのに冗談に聞こえない。笑い飛ばす事も出来なさそうだった。

『えっ、嫌いじゃないの?』
「どう思うかって聞いてるんだよ!仮定の話だろ!」
『えぇ〜…と、』

 突然の問い掛けに戸惑う声。
 気持ちの重さに比例して電話機が重たく感じる。これ以上話していたくないという気にさせてくる。

『嬉しい…ような、寂しいような』
「は…?…何で」

 嬉しいと言われて、この感情はロシアの邪魔にならない気がして安堵するが、同時に寂しいという相反する言葉を耳にして、恐る恐る聞き返す。

『好きの反対は嫌いじゃないと思うんだよ。僕は君に、意識してもらえるだけで……嫌いって言われて、悲しいけどほっとするんだ』
「な……」
『君に嫌いって言われると、意識してくれてるんだなぁって。まぁ傷つかないわけじゃないけどね』

 嫌いだと言うだけ、意識していると思われているなら。
 嫌いだと言うだけ、好きと同じ意味にもとられるというのなら。

「俺、」

 言っても、悪くはないんじゃないか――?

「………お前の事好きなんだけど」

 本心を告げても、変わらないんじゃないだろうか。

『えっ?』

 大して驚かれないのではないだろうか。

『何、聞こえなかった。もう一度言って』

 ここまでプロイセンを辱めるのはロシア以外の他にいない。

「〜〜〜〜っ俺はお前の事が嫌いなんじゃなく、好きだっつってんだ」

 一度言うなら二度言うも同じ。そう思って言葉を言い換えてプロイセンは告げる。

『えぇぇええ!?』

 鼓膜が破れんばかりの大音声に、思わずプロイセンは受話器から耳を遠ざけた。声が収まったのを確認して再びロシアの様子に耳を傾ける。

『プロイセン君、冗談…でしょ?そんな事言われたら僕、』
「…………冗談、だったら……俺が好きでもない奴に抱かれると思うか?」

 ずっと好きだったロシアに、今、正しく自分の気持ちを伝えられているだろうか。
 心音が激しくなりひびく。言う時よりも言った後の方が、照れくさくて仕方がない。

『……思いたくない…よ』

 緊張した声でロシアはそう言った。

『……僕も、すき』

 声が揺らいでる。

『あり…がと、プロイセン君……っ』

 途端に涙声になるロシアにプロイセンは慌てた。

「あっ!?えっと!だからって無理矢理した事許したわけじゃ……っ、」
『無理矢理…だったの?やっぱり、あれ、無理矢理だったんだ…?ごめん…』
「あぁあ、泣くな!泣いたら今後はないと思え…!」
『今後…?』

 子供のようにオウム返しに聞いてくるロシアに、しまったとプロイセンは瞬時に悟ったが時は既に遅い。

『…またしてくれるの?』
「〜〜〜〜っローション使ってくれたらな!!」

 ヤケになって大声で返す。
 返した言葉に、冷やりとした。思いの他大きく言ってしまった声が、ドイツに聞こえていたかもしれない。プロイセンの頭はロシアの事とドイツの事でパンク寸前だった。

『本当?ふふっ、嬉しい。って事はまた逢ってくれるんだよね?』
「えっ?あ、あぁ…」
『ずっと逢えなくて悲しかったんだ……よかったぁ…また逢えるんだ』

 そんな寂しそうな声に、脳内の軍配はロシアに上がった。
 思わず、プロイセンは口を開いて慰めようとしたが。

『今度ローションいくつか買ってみるね!』

 明るく宣うロシアの言葉に、プロイセンはどっと汗が噴いた。
 それでも、そんなロシアを好きになってしまって、セックスをしてしまって、好きだと言ってしまったのだから仕方がない。自分のセンスを疑う瞬間だったが、趣味は悪くないはず。プロイセンはそう思い込む事にした。
 久しぶりの電話にその後も思わず長話をしてしまったが、電話が終わった後、「大事でもあったのか、兄さん。何度か大声を上げていたようだが」と言ってリビングに戻ってきたドイツに言葉を失う。

 ドイツは図らずともこの時からロシアとプロイセンの仲を知ってしまったのだが、兄の素直になれない病を日々気に病むのだった。


嫌いだというぷーについて考えた結果。
そしていつもの通り襲い受けな普が書きたかったらしいです。

2015/9/15アップ