サンクトペテルブルクへ

「お前ら、付き合い始めて何年経ってるんだっけ?」

 フランスのそんな言葉に、スペインが照れながら答えた。

「え〜と、確か152年目やで〜」
「もうそんななのか…早いなぁ。最初はどうなるかと思ったけど…、なんだかんだ恋人になってそんなに長く付き合えてるんだな」
「へへへ〜。どや、羨ましいやろ?」

 嬉しそうにするスペインの様子を見ながら、プロイセンは自分の手にあるビールジョッキを口に持っていき、中の液体を呷る。
 なんだよ自慢しやがって、そう心の中で呟いた。
 プロイセンにも恋人がいる。が、誰にも言ってはいない。勿論弟にもだ。因みにその相手はロシア。相手がロシアだから言えないだとかの理由ではない。特別、ロシアにも恋仲である事を秘密にしてほしいという要求があったわけではない。そしてプロイセンが引っかかっているのはその部分ではない。
 お前らより俺の方がロシアと付き合ってる年数が多いんだよ!!こっちは196年だぞ!!
 つまりはそういう事である。単に、スペインの方が付き合ってる長さが短いので、気に入らないだけだった。

「で〜も〜、そんな長くなれば長くなるほどマンネリってのが出て来るんじゃないの?」
「「マンネリ?」」

 思わず、スペインの声とプロイセンの声が被った。慌てて口を閉ざす。危ない、あまり恋愛の話題に口を挟んではいけない。口を挟めばボロが出て、プロイセンに恋人発覚…からの、相手がロシアである事がバレてしまう。

「そうそう、デートとかもそのうちどっちかの家でしか遊ばなくなったりさ、夜のセックスも大体いつもと変わり映えがなくなって義務化するの。そういうの、段々気持ちも冷めて来ちゃって、別れたりする原因にもなるからね。勿論お兄さんはそんなの推奨はしないけど、俺らは国だよ?何百年単位で生きるんだからさ、そういう部分は当然出て来そうでしょ?」
「えぇ〜?俺とロマーノはそんなんあらへんよぉ〜?」

 フランスの言葉にスペインはそう答える。が、他人事ではないのはプロイセンだった。
 たまにロシアの家に、弟には内緒で遊びに行くのだが、大体一緒に出掛けたりはせずロシアの私邸でのんびり過ごしている。食事を作ったり、テレビを一緒に観たり、ソファでだらだら過ごすのだ。そして特に実りのある会話をしているわけではない。夜にしてもそうだ。全くしないわけではないけれど淡白で、付き合い当初は2回3回で済まない事もあったが、大体ここ数年は一晩1回くらいなもの。というかそもそも、プロイセンとロシアの間では日常における会話も少ない。電話も特別用のある時くらいしか電話をしないのだ。話したくないわけではないのだが、話題もなければ、弟に悟られるのも嫌だったわけで、そんな事が日常化していた。

「今でも俺ん家やロマんところでデートしたりしとるし、夜だってロマいっつも可愛ぇよぉ〜?」

 その『夜』の事を思い出してか、それはそれはでれでれの表情を浮かべている。

「キスだって会うた時はいっつもするしー、ハグもしょっちゅうやし…マンネリとかそないな事全っ然あらへんわ〜」
「いやいや、お前がマンネリじゃなくたって、ロマーノの方がマンネリ気味に思っている事があるかもしれな…、」

 だんっ!
 プロイセンは思わずビールジョッキをテーブルに叩きつける。

「ど、どないしたん……、プーちゃん……?」

 キスだって俺達は会う度してんだよ!!だけどな!それはどうせあいつにとってはただの挨拶だ!!……という言葉を自分自身の中で叫ぶ。
 そして、フランスの『相手がマンネリに思っている可能性がある』事に、思わず肩が震えた。『段々気持ちも冷めてきて別れる原因にもなる』?ふざけるな、と。

「……大方、恋人いなくて寂しいんでしょ?プロイセンも悔しいなら恋人作ったら?暇でしょ、お前」
「恋人なんかいるかよ!!ふざけんじゃねー!!」
「おおっ?これは恋人探しをしたけど全然成果が上がらなかった……と見た」

 ちげーよ!ロシア以外の恋人が要らないって言ってんだよ!!……と、言えたらどれほど気持ちがよくすっきりした気分になれるか。プロイセンが周囲に恋人が居る、という話をしたくないのは、ただ単純に自分たちの事を根掘り葉掘り聞いてくる輩がいると気分を害すから。ただそれだけの理由なのだが。
 くっそ……ロシアとのマンネリを解消してやる……。
 酒が入っているせいか、感情的になり目尻にも悔しさで涙がじわりと滲んだ。店主にビールの追加を注文し、届いたジョッキをまた一気に呷る。その後、飲み過ぎと判断したフランスとスペインがプロイセンを宥め、その飲み会はお開きとなった。





 弟であるドイツが仕事の関係で数日家を開ける事になり、今が好機とばかりにロシアにその日の予定が空いているかの確認メールを送った。すると、相手は「何も予定はないよ。僕も休みだし、僕の家でゆっくりしていく?」と返ってきた。その『僕の家』が、ロシアの地を表すのか、私邸を表すのかと言われたら恐らく後者なのかもしれない。プロイセンは、恐る恐る「たまにはデートとかしたいんだがどうよ?」と返信したら、数分後に「いいの?」と返って来る。
 いいのも何も、こっちはしたいから言っているのだ。別にプロイセンはロシアの私邸で過ごすのが嫌だと言っているわけではないが、いつもそれであるからたまには出掛けるのもいいな、と言う思い。しかも「いいの?」と返すという事は、ロシアも私邸で過ごすよりはデートをしたがっているようにも見える。理由はただなんとなくだったが、当日の予定を決める為にもロシアに電話を掛けた。発信場所はトイレ。自室はドイツの隣室であるし、リビングから掛けてもいつドイツが顔を出すかもわからない為、いつの間にかロシアに電話をする時にはここが砦となっていた。

「あー……ロシアか?」

 コール二度目で音が止み、穏やかな声が聞こえてきた。

「当日の予定はお前が決めていいから。お前の国だろ?どこかお勧めのところとか……、」
「今更僕が君に案内してあげられるところってないと思うよ?代わり映えしないところしかないと思うけどなぁ……」
「駄目だ」

 それは困る。マンネリ打破の為に色々したくてこの日ロシアのところに行くと決めたのだ。代わり映えしないと困る。だが、そもそもデート自体久しぶりであるから、それだけでも我慢するべきだろうか。

「あ、そうだ。プロイセン君、美術館って……興味ある?」
「びじゅつかんんん?」
「あ、やっぱり興味無さそう。最近、一緒に行きたいなって思ってて……でも、興味なさそうだからちょっと言い出せなかったんだよ」
「別に嫌いじゃねーけどよ……あんまりいい思い出っつーか、そういうのねーんだよなぁ……」
「えっ……、」

 誰かと行く、という事についてはだ。年に一度文化財団に呼ばれ、思い出したように美術館に向かう程度。別にその美術館が嫌いなわけではない。ただ、その中にある博物館島の、過去にあった王宮を焼失し、残骸は東ドイツとして取り壊したかの建物。再統一をしてからその後、幾度と再建の話があり、早ければ来年着工する話となっていた。既にその計画は一度延期になっているし、財政の事を考えると無理して再建しなくてもいいと思うのだが、弟はそれを今、達成させたいらしい。それが気にかかっているだけだ。

「……じゃあ、何処か別のところ考えるね、」
「え?いや、別に美術館が嫌いだとは言ってねーだろ?お前、行きたいならついてくからよ、行こうぜ?」

 自国の美術館に行きたいというロシアは、恐らくただ単純に行きたいだけなら勝手に行くはずだ。ロシアの声から聞こえる感情も何処か沈んでいるようにも窺える。ロシアの『一緒に行きたい』と言う言葉を頭の中で復唱して、プロイセンはロシアの美術館をデート場所にするよう促した。

「……う、うん。でも本当にいいの?」
「いいって言ってんだろうが」

 お前と一緒に行けるなら何処でもいい、という言葉は言わずに心の中で告げた。



 そして当日、プロイセンはロシアの地を踏む。泊まり用の荷物は元々ロシアの私邸に予備を置いている為殆どないのだが、一度荷物置きにおいでよ、と言われているので待ち合わせデートという事は、今回もなかった。たまには待ち合わせる甘酸っぱく初々しいデートもしてみたいもんだ、と思いながらプロイセンはロシアの私邸のチャイムを鳴らす。が、どうせ聞こえる程、この広い私邸に響き渡っているとは思えないのでいつも通りにドアノブを開けようとした。
 その時、中からカチャリと音が鳴りその戸が開く。

「いらっしゃい、プロイセン君!」
「お、おう…」

 満面の笑みで嬉しそうな表情を浮かべているロシアに、プロイセンの方が思わず照れくさくなってしまう。まぁ確かに久しぶりに会うのだから、嬉しい気持ちもよく分かる。ただ、今回プロイセンはマンネリ打破の為に来ているのであって、こんな、まるで初々しい反応はずるい気がした。ロシアだけではなく、プロイセン自身も含めて、だ。
 当たり前のように口づけをして、『ただの挨拶』を済ませる。正直物足りなかった。思わず見つめていたロシアの唇はキスの形からすぐに弧を描き、上がって、と言う台詞と共に現実に引き戻された。ロシアに促され私邸に入り、客間に荷物を置かせて貰う。その客間はプロイセンが来た時用の、専用部屋となっていて、プロイセンの持ってきた荷物以外に既にプロイセンの物が置かれていた。主に、ソビエト連邦として宗主国と属国で関係だった頃、滞在していた時に置き去りにした物が多い。それ以外にあるものは最近の衣服くらいだった。

「すぐ行くんだろ?」
「うん、ちょっと一休みしたかった?」
「いや、すぐ出た方が面倒臭くなくていい」

 中途半端に休憩を取るとだらけてしまう為、さっさと外へ行きたかった。という建前、実際デートが久しぶりすぎてうきうきしているというのが本音だ。プロイセンはいつも通りに、首につけている鉄十字に手を掛けた。

「あ、プロイセン君。今日はそれ……つけたままで、居て、いいよ」
「……は?」
「気を使ってくれてるんでしょ?僕のところに居る時」

 客間入り口に立つそのロシアはこの鉄十字を良く思っていない。ドイツ騎士団だった頃は特に何も言わずに「かっこいいね」とは言ってくれたものだが、弟であるドイツと統一して以降再制定されたこの『勲章』を睨みつける事が度々ある。今はそれほどでもないが、ソビエトの屋敷に住んでいた当時はあまりの冷たい視線に貫通して身を貫かれるのではと思うほど。いや、これは言い過ぎか。

「あと、今日は話したい事があるからとりあえず美術館は最後でもいいかな?今日は水曜日だから、遅くまでやってるんだぁ。だからそれまで、ちょっと街歩いて回ろう?」
「?……分かった」

 話したい事?って、何だ。しかも、あんなに嫌っている節のあるこの鉄十字をつけたままでいいとか言って、ロシアは何を考えているのかが分からなかった。鉄十字を嫌がる理由は、恐らく弟と一緒のものをつけるのが嫌だとか、そういう独占欲や嫉妬のようなものだとはプロイセン自身が理解している。しかし、それをつけたままで、という指示がどういう事なのかが分からない。
 先程玄関での嬉しそうな表情からして、まさか別れたいなどという台詞が出るとは思えないが、今現在プロイセン自身がマンネリじゃないかと懸念している事は実はロシアも同じように思って居て、それが耐え切れないから「お友達に戻りましょう」なんて話になり得るかもしれない。
 …いや、考え過ぎか。
 プロイセンはらしくなくマイナス思考を打ち止めると、鉄十字は胸につけたまま使わない荷物のみを置き去りその部屋を出る。「それじゃあ、出ようか」と微笑みかけられて、その表情に嬉しくなるほどには、プロイセンは今だってロシアに夢中だった。



 今の私邸はモスクワにあるが、目的地はサンクトペテルブルクらしく、そんな距離デートで使うには遠くないかと口先ではごねながらも、本意ではないのでロシアについていく。レニングラーツキー駅から出発し約3時間後についたサンクトペテルブルクの街は既に昼は過ぎていて日が傾きつつある。それでも美術館は夜の9時までやってるから、暗くなるまで街を歩こう、と言ってロシアに連れられた。
 散策しながら、ロシアお気に入りの工芸品を売っている店だとかに行きマトリョーシカ人形を見せられて、そういえばこれって日本の玩具が元になってるとか聞いたな、と思い出した。日本と言えば、先日フランスに「ロシアはこの間誰だったかに『圧力』とか言って投げキッスしてたぜ、多分日本だろうけど」と言われ、「なにそれ俺様もされたい」などと心の中で思った。そんな事を実際に言葉に出来るわけがなかったので、言いはしなかったが。
 先を歩くロシアの背中に、ふとプロイセンは指先を揃えて唇に寄せる。そして指を離してそれはロシアの方へ。ちゅっというリップ音が雑踏のざわつく音に紛れた。不意にロシアがこちらを振り向く。

「?どうかした?」
「えっ!?」
「あんまり離れて歩いてると、はぐれても知らないよ?」

 振り向いた瞬間ドキリとしたが、困ったような表情を浮かべるロシアにただの偶然だと思い言葉を返す。

「ケセセ、ベルリンの方がもっと混んでるぜ。このくらいの人混みなら、全然大丈夫」
「そんな事言って、勝手に何処か行ったりしないでね?」

 そんな会話をしながら、また前を向いたロシアの背中に念を込める。例えばもし、その『圧力』が効くのなら、もしかして適当に念を送っても気づくのだろうか。
 背中に向かって、好きだ、愛してる、そんな念を送ってみる。ロシアは振り向くどころか動じていない。更に適当に念を送ってみる。今夜激しくされてもいいから抱いてくれ、俺様に欲情しろ、出来れば久しぶりに三回以上してぇ、頼むからマンネリ打破、などと最近の鬱憤をその背中に送りつけた。

「プロイセンくん!」
「わっ!?」

 振り向かずにそう名前を彼は呼ぶ。まさか本当にアクションを起こされるとは思わなかったので、驚きながらも何だよ、と答えた。

「後ろにいないで。……隣り歩いてよ」

 彼はそう言って、ひらひらと左手をはためかせた。ああそうか、思えばここはロシア。別に、ロシアと手を繋いでも他の国の誰に見られるわけでもない。少しだけ嬉しくなって、プロイセンは少しコンパスを拡げてロシアに近づき、その手を取った。ちら、とロシアを見つめれば彼は頬を朱に染めていて、自分でした行いが恥ずかしかったんだな、と思いながら、それもまた嬉しく思った。
 手を繋いで街を歩いて、ロシアの案内で美味しいビーフストロガノフの食べられる店に案内された。ビーフストロガノフはソビエトの時代だったかに丁度流行りだした料理で、ソビエトにいた頃に食べさせて貰った事がある。ビーフストロガノフも嫌いじゃないが、どうせだったらロシアが作ったピロシキが食べたい。

「どう?口に合うかな?僕の国では今人気のお店なんだけど」
「うん?うめぇよ?」
「よかったぁ」

 そんな風に嬉しそうに笑う。確かに味は美味しいので、そのまま食べ進めた。でもやはりピロシキが食べたい。

「?なんだか浮かない顔してるけど」
「あ?いや、まぁ……折角お前んとこに来たし、ピロシキ食いたいな、と思ってよ」
「あ、なんだそういうこと。じゃあ、丁度ねこの街にプロイセン君に食べて貰いたかったピロシキがあるからあとで行こっか」
「お?あぁ、近くなのか?」
「うん。美術館の近くだよ、そんなに離れてない。プロイセン君じゃがいも好きでしょ?そこにね、じゃがいものピロシキ売ってるお店があるの。口に合うかはわからないけど、食べてみて欲しくて」

 そう話しながら、ロシアはビーフストロガノフを口に運んだ。
 お互いに腹が膨れたところで、店に出ると日が落ちていた。暗闇に街灯が灯り街を仄かに明るくしている。

「そろそろ行こうか、美術館」
「おう……あ、ピロシキは?」
「え、今ご飯食べたばかりだよね?」
「流石に館内じゃ食べねぇけど、着くまでに食べ歩く」
「そんなにピロシキ食べたかったの?」

ロシアは呆れながらも少し嬉しそうで、一度美術館近くにあるというパン屋に向かう。そこで無事じゃがいものピロシキを購入すると、早速袋を開けてピロシキにかぶりついた。

「おっ、うめぇ!」
「あ、さっきのビーフストロガノフよりも美味しそうに食べてる。さっきの口に合ってなかったんでしょ」

 メニュー表で見た限り、このピロシキは先程食べたビーフストロガノフの値段の10分の1。それなのに、こっちの方を美味しそうに食べてる様子が気に入らないのか唇を尖らせた。

「ちげぇよ。さっきのも普通に美味かったけど俺はピロシキが食いたかったんだよ」
「もう、だったらさっきの店で食べる前に食べたいものくらい言ってよ〜」
「ピロシキ一個で腹は膨れねぇんだよ、こんなもんおやつだおやつ」
「今の時代だから許される言葉だよね、それ」

 まぁ確かに、過去何度も互いに食糧難には陥っている。ここ暫く大きな戦争がないから言える言葉なのだろう。
 そのままピロシキを齧りながら美術館へと向かう。遠くに、何処か見たことのある形の建物が見えてきた。

「……ん?」

 うん、確かに見覚えがある。プロイセンにとっては、忘れるはずもない建物だ。ロココ調の建築が美しく、外壁は白と薄い緑に染められていた。

「美術館って、言ってなかったか?」

 目の前に広がるその建物は、プロイセンが覚えている限り皇族の宮殿だったはず。

「うん、だから美術館だよ。今は、ね」

 今はエルミタージュ国立美術館と呼ばれているらしい。思えば、美術品の展示数は他国よりも多く集まっていて有名だという話を聞く。その本館である冬宮はプロイセンも来た事がある。プロイセンはピロシキを食べていた後の袋の残骸を一纏めにして、通路脇のゴミ箱に捨てた。

「中に入ろうか」
「あぁ……」

 プロイセンは戸惑いながらもロシアの後を追い、美術館へと入館する。嫌な思い出があったわけではない。196年前の事。ロシアに好きだと言われたのが、この宮殿での事だった。

「見たことある美術品も多いでしょ?昔、ドイツ君から買い取ったものも多いから」
「あぁ……」

 ただ、ロシアの今日の態度が気になる。普段なら、もしかしたらこのように気になったりしないのかもしれないが、鉄十字の事や、自分が一方的に気にしているマンネリの件もある。
 手を繋いだり、じゃがいものピロシキだったりでこちらを嬉しくさせる事もあったが、余りにもプロイセン自身と関連のある事ばかりで、気味が悪かった。これが、もっとバラバラで、もっと自然に日常に溶けていたら気にしないのだろうが、元々ここまでロシアがプロイセンに関わる話や事柄を続け様に触れるのは、滅多にない事だから今日のそれは不安させるものでしかない。

「あ……プロイセン君は、同じ宮殿ならここよりもエカテリーナ宮殿の方が良かった?」
「……なんでだ?」
「『琥珀の間』があるから」

 『それ』は、プロイセンが王国となった時の初代王がロシアの皇帝に装飾を譲り渡したのが始まりだった。当時のロシアの王が完成された部屋を見ることはなかったが、その後部屋は場所を変え、人を変え、幾年もの時間を掛けて完成に至った。

「まぁ、本物じゃあないけど。……今だから言える話だけど、僕はドイツ君の事は嫌いだけど君の弟だから許してはいるんだよ、これでもね」
「は?」
「僕の宝物を、壊したんだもの。イギリス君の事は、まだ許してはいないけど」
「イギリスは当時のお前の仲間だろうが、別に恨む必要はねぇだろ。わざとじゃねぇんだし」

 琥珀の間は、確か大戦の時弟であるドイツがその部屋を取り戻そうとしたのだ。その部屋を贈呈した意味を理解していなかった。だから、奪い返そうとした。そしてその部屋は一度当時の地名でケーニヒスベルクに戻したが、イギリスの空爆に遭い琥珀の間はこの世界から消えた。

「宝物ってなぁ……お前、本当にあんなのが良かったのか?」
「あの部屋を見て欲しがったのは上司だけど、溜め息一つ吐いたのを見てそれをくれたのは君の方だよ?」
「それだけ俺のあの上司がお前の上司を信頼していた……ただそれだけの事だろ」

 丁度もう10年前になるだろうか。その琥珀の間を24年の長い時を掛けて、ロシアは復元したのだ。復元したその琥珀の間を、ロシアは世界会議では嬉しそうに見せびらかしていた。ドイツも琥珀の間を壊すキッカケを作ってしまった事を気にしてか、ロシアに復元する為の資金を出していたようだが、プロイセン自身にはそれほど大層なものだとは到底思えない。形あるものはいつか壊れてしまう事を知っている。……それが早いか遅いかの違いはあるけれど。

「僕はね、君に『琥珀の間』を貰えた事が凄く嬉しかった。プロイセン君はそれほどあの部屋を気に掛けてはいなかったみたいだね……なんだか、僕だけ君の事を好きみたいで、ちょっと悲しいな」
「……っ」

 不意打ちだった。しかも、ロシアだけがプロイセンを好きだなんて表現、とんでもない。すぐにでも否定したかったが、あいにくとプロイセンは受けた好意をそのまま口にするだけの術は持ち合わせていない。長いこと付き合っているはずなのに、未だそういうのに慣れないのは言わなくても付き合えているからという悪い意味で慣れてしまったのだろうか。
 マンネリがどうだとか気持ちが冷めるだとかプロイセンは今そうなっている過程にあるのではないかと思い不安を感じていたのだが、先程の言葉で身体に絡みついていた気持ちの悪いモヤがすとんと落ちた気がした。ロシアは最近あまり言わないだけであって、プロイセンの事を今でも好いているのだと、そんなふうに思える事が出来た。ただ、プロイセンがロシアの事を好きではないみたいに言うのを、どうにかして否定はしたい。そもそも好きでなければセックスはしないし、マンネリじゃないだろうかとか、マンネリの打破をしなければなどと思い、こんな寒いところまで来てはいない。
 一階から三階までの館内の造りや美術品を見て回りながら、ロシアから美術品の説明を受けた。いつ誰から貰っただの、誰から買い取っただの、あの頃はこんな事があっただの、説明を受けたがそんな話の中身はあまり頭には入って来なかった。

「さて、これで館内は大体案内出来たね。興味があるかどうかはともかく見覚えのある物もあって少しは楽しめた?」
「あぁ、まぁ……」

 歯切れ悪く答えると、ロシアは頭を傾けた。

「……楽しく、なかった?」
「いや、そんな事はねぇよ!?」

 こてん、と傾げるその仕草と眉尻を下げた困り顔の様子に慌ててプロイセンはそれを否定する。

「いやー懐かしいなー、冬宮……」

 この冬宮も、一度焼け落ちている。あの頃見た冬宮と、今現在の冬宮では違うところがいくつもあるのだろう。細かいところまで覚えてなどはいないが。

「最後にね、案内したいところがあるんだ」
「?全部見て回ったんじゃねぇのか?……もしかして冬宮以外の方も見て回るのか?流石に広すぎて俺様くたくたで、」
「違うよ、こっち」

 そう言われて、階段を下りるロシアについていく。ロシアが行った館内の説明のうち、一番内容を理解する事が出来たドイツの芸術品を収めた部屋が印象に強く、その近くまで戻ってきた事は理解出来た。通路にロープが張られ、立入禁止の状態にしてある場所が目に付く。ロシアが一言二言、近くに立つ男に話しかけると、男はそのロープを避けてロシアを通した。

「プロイセン君、こっちに来て」
「え?あ、あぁ……」

 プロイセンは中に入り目を見開く。この場所には来た覚えがあった。目の前に広がるのは大聖堂。そこは、196年前行われた――ロシアの皇帝とプロイセンの王女の結婚式を挙げた場所だ。

「……つか、誰もいないんだけど」
「さっきのロープ見たでしょ?君の為に、封鎖してたの」
「は?いや、よくわかんねぇんだけど」

 ロシアは大聖堂の真ん中まで歩む。コツコツと静かな空間に靴底が叩く音が響いた。

「……どうしても君と二人でいたかったの。邪魔、されたくなかったんだよ」

 決して大きな声ではなかったけれど、外界から閉ざされた大聖堂でのその言葉はプロイセンの鼓膜を震わせる。

「プロイセン君って、変わってるよね」
「何が?」
「普通、自分が誰かにあげた物を大切にしてくれなかったら、怒るじゃない?でも、琥珀の間に関して君は何も言わなかった」
「……はぁ?」

 それはそもそも弟がロシアから取り上げようとした末の結末で、ロシアが悪いわけではないからだ。責めたって仕方がない。

「それに、プロイセン君自身の事についても…………僕は、今までの君を大切に出来ていたのか、確信を得る事が出来ないんだ」
「何言って……、」

 ロシアに対して、自分は大切にされているだとか愛されているだとかそんな思い上がったような事は考えた事がない。ただ、あの時ロシアに好きだと打ち明けられてから、自分もその時にはロシアに好意を持っていて、嫌いになれなかった。だから、国というより個人的な付き合いとして、ロシアと恋仲になりずっと関係を続けている。

「……君が欲しくて君を力尽くで奪おうとした事もあった。でも、君と敵対するのは辛かった。君に嫌われるのが怖かった。君と恋人になってからも戦争は起きて、恋人であるはずの僕よりも、君はドイツ君の方が大切にしているみたいで、悔しくて、嫉妬だってした」

 プロイセンは初めから、公私混同をしないと割り切っている。でも、ロシアはそうじゃなかった。それは、ソビエトの屋敷に居た頃に気づいてはいたし、ただそれをいけない事だと強要もしなかった。

「……お前が姉や妹を気にするのと同じだろうが」
「――……本当は、そうなのかもしれないね。でも僕は別軸として考える事が出来なかったの。プロイセン君の一番になりたかった」

 何を言っているんだか。プロイセンの一番は、今だってロシアであるというのに。

「ソビエトの屋敷に居た時、ずっと苛々してた。プロイセン君も僕の顔色窺ってたみたいだったし、もう恋人だなんて呼べる関係じゃないんだろうなって思ってた。嫌われてると、正直思ってたし」

 それはロシアが余りにも鉄十字を睨みつけていたり、他国との関わりを持つと圧力を掛けてきたりしていたからだ。ベルリンの壁を作ったのだって、自分の為でもあるがロシアを安心させる為でもあった。自国民が、ロシア寄りではなく西ドイツを求めるから、断絶させた。あれは、俺の心ではないんだと。違うんだ、信じてくれと言い訳するように、壁の作らせた。
 だって、ロシアはソビエトの家に居た時、笑う事があまりなかった。それが、自分のせいではないかと思っていたから。

「プロイセン君、覚えてる?」
「……な、にがだ?」

 あまり思い出話ばかりされると、気分が悪い。そう、あまり気持ちが良くないのだ。まるで、関係を清算するみたいで気味が悪い。思い出にちょっと触れるくらいならそれでいい。ただ、今日のこれはなんなんだ。ロシアと付き合う事になってからの思い出話を順々にされて、どう反応すればいいんだ、と。

「ソビエトの家に居た時、君が僕に言ってくれた言葉なんだけど……」



『空気が悪い』

 ソビエトの屋敷の執務室で、テーブルを挟んだ向かい合わせに互いの仕事を進めていた時の事だ。

『えっ?』
『戦後だからって言うのはわかるが、お前と居ると気分が悪い』

 大戦後、敗戦国となったプロイセン――東ドイツはそう告げた。誰もいない執務室だったから、そんな嫌悪感を表に吐いたのだろうが、それにしても宗主国に対してなんて言葉だ。ロシアにとって東ドイツとの宗主国と属国の関係性自体、良いも悪いもなかったが、自分の物になったという安心感と共に這い上がる感情はただ彼に嫌われる事への畏怖だった。
 だから、東ドイツに言われた一言に突き刺さるような胸の痛みを覚えた事をロシアは今でも思い出すことが出来る。

『……そう、じゃあ出て行くよ。ある程度もう仕事のやり方は覚えたみたいだし、つきっきりで教える必要もなかったね』

 そう告げて、ロシアは書類を束ねトントンと角を揃えてから立ち上がる。

『――あー……、いや、誰もそういう意味で言ったんじゃねーよ』
『僕と顔合わせて仕事するのが嫌なんじゃないの?』
『違うって言ってんだろ』

 頭を掻いて、少しだけ東ドイツは言い淀んだ。

『おい、今俺とお前しかこの部屋にいねーだろ』
『うん、そうだね。気まずいんでしょ?』
『まぁそれは否定しねぇ』
『やっぱりね』

 素直に肯定する辺り、東ドイツらしいと言えばらしいのだけれど、彼はその後すぐに「でも」と付け加える。

『それが嫌でお前にどっか行けって話をしてるんじゃねー』

 一緒に居るのが嫌なのではないか、だからそんな「気分が悪い」などと言ったのではないのか。ロシアはそう思うけれど、彼は言った。

『お前のところの【ルール】なのは知ってるし理解してる。だが、ここには俺とお前しかいない。誰にも言わない。だから……、』



「『仕事中でも俺と二人の時は笑ってもいい』って。『規則を破って笑ってくれ』って言ってくれたの。……覚えてる?」
「――――知らね」

 嘘だ。本当は覚えている。
 彼が仕事中は徹底して無表情だったのが気に入らなかった。ソビエト内は仕事中に笑みを浮かべてはいけない規則だった。他の者が居る時はやむを得ないが、恋人である間柄で二人きりの時にそんな事を気にするのも嫌だったし、何よりソビエト時代はロシアは仕事中でなくとも笑顔である事が少なかった。

「凄く……嬉しかったの。気にかけてくれた事が凄く。でも僕は……だけど、僕は君に何をしてあげたんだろうって、いつも分からないんだ」

 プロイセン自身、ロシアの為を思って笑えと言ったわけではない。単純に、気まずさに耐え兼ねてロシアにそう告げたのだ。それが、ロシアにとっては嬉しいと言って貰える事で、プロイセンに『何かを成した』事になるのではないだろうか。

「プロイセン君、来年この冬宮の壁をね……塗り替える予定なんだ」

 唐突に言い出したロシアの言葉に、プロイセンはその真意を測りかねる。

「君と恋人になれたあの日、結婚式が行われたこの冬宮は今のような薄緑色の壁じゃなかった」
「……あ?」

 夜だからすぐに気づかなかったが、確かに冬宮を見た時違和感を感じた。ただ形も中の構造もほぼ一緒であったし、美術館として展示位置も変えられていたりしていたから、プロイセンはそれほど気にしてはいなかったが……当時の冬宮は、薄い黄色。

「何年も前から反対意見が出てるけど、何があっても僕は黄色に戻したいの。君と恋人になれたあの時の色に」
「……別に、緑も嫌いじゃねぇけど」
「君との思い出を、出来るだけその時のままにして置きたいんだよ。いつでも、見られるようにしたい。例え、本物じゃなかったとしても」

 エカテリーナ宮殿の琥珀の間も、この冬宮も。壊れても、復元をするロシア。
 今日、ロシアが鉄十字をつけたままでいいと言ったのは、あの日も鉄十字を身に着けていたからだ。まだ、鉄十字への嫉妬心を持たない時に合わせたもの。

「でも気づいたんだ。僕は結局君を大切にしているんじゃなくて、君との思い出に縋ってるだけじゃないのかなって。今居る君を、大切に出来てるのかなって」
「……俺は、」

 確かに、プロイセンの目にはロシアが固執しているようにしか見えないが、ただそれは間違っていると言えるのだろうか。 

「俺にはもう領土がない、国民だっていねぇ。だから、お前みたいにお前とのゆかりの物を大切にするだとか、そういうのは……出来ないから、だから……その、」

 お前こそ、大切にされていると思えないのではないだろうか。自分が相手にする行為は、自分もそれを望む傾向にある。同じ方法で、同じ手法で、同じ形で、同じように、愛されたいのではないだろうか。今の状態が、本当は物足りないと感じているのではないだろうか。
 プロイセンは、上手く言葉を紡げずに言葉を濁す。

「プロイセン君は、今も僕の事好き?……あ、いや……、もしかしたら元々好きじゃないかもしれないけど……」
「っ馬鹿な事言うな!」

 『元々好きじゃないかもしれない』。プロイセンは、ロシアにその言葉を言わせてしまった自分に腹が立った。今日この日を前にして、マンネリかもしれないだの、相手は冷めているかもしれないだの、何を考えていたのだろうと後悔する。何より、自分がロシアに好きだという事を示していなかった事が、最大の原因ではないのだろうか。そんな気がしたのだ。

「だったら俺がデートなんかしたいって言うか!?俺からお前にメールなんかして泊まりに行きてぇって言うか!?お前馬鹿だろ!物分かりが悪い!200年近くも付き合ってるくせにそんなのもわかんねぇとか、ほんっと……っ、」

 どんだけロシアの好意に甘えていたんだろうか、と。プロイセンは思わず膝を折り、床に手をつく。ロシアはその様子を驚いた目で見ていた。

「……くっそ、」
「プロイセン君?」

 こつん、とプロイセンの拳が床を叩く。

「今まで……思い返せばお前に言った覚えがないんだけどよ、」

 そうだ。いつだって、プロイセンは受け身だった。ロシアから注がれる愛情を、愛情のそれだとは気づかずただ当たり前の好意だとして受け続けていた。

「……お前が、俺に好きだって言ってくれた時だって、ソビエトに居た時だって……いや、付き合う前からだって、」

 それでいて、今日だってもっとくれ、もっと欲しいと欲張っていた。
 
「――……お前の事が、ちゃんと好きだったんだからな……っ!」

 彼に、伝えていなかった。寧ろ、どっか行けとか、周囲には彼の事が嫌いだとか言ってしまって、不安になるのなんて当たり前だ。二人でいる時は態度で示していたつもりだったが、ロシアの好意を何も言わずに受け、セックスも断らず、だからと言ってその状態を好かれていると誰が信じる事が出来るだろう。何も言わずに、こちらの気持ちの何が理解出来るだろう。

「い、今だって…っお前以外に恋人が欲しいとか思わねーよ、ふざけんじゃねーよ……、」

 プロイセンの見つめる床に、影が出来る。ロシアが近づいた事に気づいた。衣擦れの音がやけに鼓膜を震わせる。

「……ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ」
「気づかなくて、ごめん」

 ロシアが目線をプロイセンに合わせ、そう漏らす。

「いや、本当は薄々好かれているのかなって思えた時もあったんだけど、やっぱり僕の勘違いじゃないかなって……思っちゃった。普段から、プロイセン君はこういう事、言わないから」
「好きだとか、愛してるとか……お前以外には軽口だって叩けるのに……、」
「ね…プロイセン君、」

 弟や、仲の良い国に戯れるように口にした事は幾度もあったけれど、一番伝えなければならない相手には言葉にした事はなかった。好きだと言われたら、頷くだけ。知っているだの、わかっているだの言って、自分はその言葉を言わない。それが、どれだけロシアの心に不安の種を植え付け、芽吹かせていた事だろうか。
 呼びかけられ、思わずロシアへと視線を上げると、ロシアは顔を赤らめてこちらを窺っていた。

「……キス、してもいいかな……?」
「へっ?あ、あぁ……別に、」

 唐突に問われ、プロイセンは戸惑う。だが答えてから、ロシアがわざわざ許可を求めて問いかけて来たという事は、挨拶の意味ではない事に気づく。が、それに気づいたのは既にロシアに口付けられてからだった。挨拶のように、すぐにその温度は離れる事はなく、プロイセンはロシアに倣って開いていた瞳をそっと閉じる。
 ずっとキスをしたかった。挨拶以外のキスを、行為中以外にしたのなんて本当に久しぶりかもしれない。僅かに唇を開いて、ロシアの唇を開かせる。舌で彼の唇の隙間に差し込むと、ロシアは少し驚いた気配がしたが同じく舌を差し出しこちらの舌を絡めとる。ロシアの手のひらが左頬に触れた。

「……っん、…は…っ、」

 次第にその口付けは深くなり、どちらの唾液かも分からない程互いの口内で混ざり合う。頭の中は甘い痺れに満たされていた。普段するより長いキスだったというのに、唇が離れると名残り惜しくその唇を見つめていると、ぐん、と身体を引き寄せられてプロイセンはロシアの腕の中に収まる。

「……好き」
「お……、俺様も、だ…ぜ」

 真面目に答える事が出来ずに僅かに茶化した言い方になってしまう自身のかっこ悪さに内心舌打ちしたが、ロシアの抱き締める腕がより強くなった事について嬉しいと感じてくれてるのだろうか、ちゃんと伝わっただろうか、と考えるベクトルの先を変えた。

「プロイセン君とキスをしたらもっとキスしたくなるし、抱き締めたら君の事もっと欲しくなっちゃう。……凄く困るよぅ」
「……はぁ?なんでだよ」
「……困らないの?」

 思わずプロイセンがそう問い掛けながら、抱き締めてくるその身体に、自身の手を背中へと回す。すると、ロシアは首筋に鼻を摺り寄せてまるで甘えるようだった。

「…………別に俺だって、しょっちゅうお前とそういう事したいって思ってる、」
「ここでしてもいいの?えっちな事」
「し……!?って、なんでそうなった!?」
「えぇ〜?文脈ちゃんと汲んでよ……僕だけ恥ずかしい事考えてた事になっちゃうじゃない。酷い。プロイセン君、酷い」

 ロシアが直接的な言葉を選んでなかったせいか、少し意味を取り違えていた。そういう事か、とプロイセンは納得していると、徐ろにコートを捲りシャツの中へと手を差し入れていたロシアに気づく。

「ちょ、お前っ、何してっ、ここ大聖堂!しかも表に人が居んだろ!?大体今何時だよ…うぉ、もう21時回ってんじゃねーか、」
「……だって家に帰るまで待てないんだもん」
「だったらっ!近くのホテルを手配するとか……っ、」

 こちらの言う事を聞く気配がロシアからはまるで感じられない。

「ホテルにつくまでプロイセン君の身体を手放さなくちゃいけないと思うと、嫌なんだもん」
「あー!あー!!お前なぁ、それくらい我慢し…っ、ひぁっ?」

 ロシアの外気に触れていた冷たい手にプロイセンの身体は思わずはねた。頬に触れていた時は、頬自体が外気に触れていた為それほど気にならなかったが、隠れている肌との温度差は大きかったらしい。

「冷たい、冷たいって!」
「あっためて」
「そうじゃねー!」

 背中は既にロシアに身体を押し倒された事により床へと接地していて、身体がどんどん冷えていく。したくないわけではない。ただ、このまま欲に負けてしてしまったら、羞恥心だとか背徳感だとか身体的にも被害を被る気がした。

「……イヤ?」
「っ……」

 傷ついた子供のような目で見つめてくるロシアに、思わず返す言葉が無くなった。

「する事自体は、イヤじゃ…なくて、」

 プロイセンも戸惑いながら、その視線から一度目を逸らし、でも思わずその目を見つめ直す。

「じゃあ、してもいい?」
「っ……あ、」

 駄目だ、意志が弱い!ロシアに抵抗するだけの意志が弱い!プロイセンは頭の中では必死に抵抗を見せるが、言葉も態度としても表す事が出来なかった。ロシアがプロイセンの腹から胸へと触れた時に、コンコン、とそのノック音は大聖堂にやけに大きく響いた。

「――――……」

 ロシアとプロイセンの両者がピタリと静止した。

「祖国、閉館の時刻です」
「…………」

 扉を隔てた先から聞こえた言葉のその瞬間、ロシアの背後に黒く禍々しいオーラが見えた気がした。一瞬にして、プロイセンはロシアの手や床だとかの冷たく感じていたものが温かくさえ感じる程、ロシアは冷たい冷気を放つ。
 プロイセンが身動きを取りにくくする為に掛けていた身体を退けると、プロイセンの少し乱れた服を直した。

「帰るっ」
「は…はは、おう」

 頬を膨らませて勢い良く立ち上がったロシアに、プロイセンは助かった……などと思ったが、今からモスクワの私邸に戻るとしたら最低でもまた3時間は汽車に乗る事になる。しかもこの時間なら、夜行列車になる可能性がある。いや、流石にないと思うが……。

「おい、ロシア……するならほんっとーに帰ってから、だよな?」
「…………」

 不機嫌そうな表情で大聖堂の扉の前に立つロシアはこちらを振り向きプロイセンを見つめた後、一言。

「新しくていいんじゃない?プロイセン君、飽き飽きして物足りなかったんでしょ?」

 そう告げて大聖堂の扉を開く。
 明らかに今日一日考えていたマンネリだのなんだのという思惑が見透かされているかのようなロシアの台詞にプロイセンは気づき、その場に凍りついたように動けない。

「プロイセン君、置いてっちゃうよ。急いで」
「…っえ、あ……あぁ……、」

 プロイセンは挙動不審に返事をしたが、ロシアがどの時点で気づいていたのかは今この場で知る術はなかったが、ロシアが言った台詞が意味を理解した上で告げていたという事実は、その後の夜行列車の寝台車内で嫌という程知ったと言う。

ちびみかんさんのお誕生日お祝いに
PIXIVへ投稿した作品でした。
おめでとうございました!

2015/9/15アップ