天邪鬼な貴方を裏切る私の行為を許して

 ――……例えばもし、自分の好意が相手にバレているのだとしたら、どうだろうか。

「…………」

 眉間に皺を寄せたギルベルトは明らかに機嫌が悪かった。

「兄さん……」

 ルートヴィッヒも思わず、ギルベルトの様子に眉根を下げた。明日はギルベルトの誕生日。当日はいつも兄弟や知人を集めお祝いをするので皆の前では明るく振る舞うのだが、その前日は真逆だ。物凄く、機嫌が悪くなる。と、言ってもルートヴィッヒが声を掛けたり、電話が掛かってきた時は別だ。それはもう、誕生日当日と同じように明るく振舞っている。
 つまり誕生日当日と前日の対人状態のギルベルトは、嘘である。前日の機嫌の悪さは露骨であるし、当日はただなんでもない様子で嬉しがっているように見せているだけで、本当は不機嫌なはずだ。
 ルートヴィッヒは流石に何年も一緒に暮らしているだけあって、そんな嘘には気づいている。その原因については、まだ知らずにいる。始めは何か気に入らない事でもあるのだろうかとルートヴィッヒは思っていたが、毎年こうなのでは、何が原因なのかがわからなかった。しかも、機嫌の悪さは年を追う毎に酷くなっている気がする。

「……兄さん、聞きたい事があるんだが……」
「おっ、なんだ?ヴェスト」

 表情を一瞬にして変え、明るくギルベルトは答えた。

「兄さんは……その、誕生日に嫌な思い出でも…あるのか…?」
「……っ、は?何言ってんだよヴェスト。お前やイタリアちゃん達が祝ってくれてんだろ?この日は楽しすぎるぜ?」
「いや……うん、なら……いいんだ。そうか……」

 ならどうして機嫌が悪いのか。それを聞きたいけれども、ルートヴィッヒは問い掛けるタイミングを掴めずにいた。



 日は遡ること昨年の、12月30日。
 それは、ある年から毎年の恒例になっていた。ギルベルトはプレゼントを贈る。ある人の為に。

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 ロシア様

  お誕生日おめでとうございます。今年も厳しい冬となりましたね。
  手のひらの冷たい貴方と、貴方の傍にいる冬王(Konig Winter)にはぴったりの季節だと思います。
  さて、今年は貴方にお誕生日のギフトをお贈りします。
  気に入らなければ1月18日に、私の自宅まで直接お持ちになりご返品下さい。

                                     プロイセンより

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 今年の書いた手紙を思い出し、我ながら何をしているんだ、と思う。
 今までのプレゼントを本当に気に入ってなのかどうかは分からないが、イヴァンが1月18日に返品しに来た事はない。だからといって、他の日に贈り物を返しに来る事もなかった。
 ただ、極偶にルートヴィッヒについて行った時に会ったイヴァンに「今年も有難う。何度も言うけど、余計だから次は止めてね。邪魔になるから」と言われたりしている。ただ、そのプレゼントの内容を一切言わない辺り、もしかしたらプレゼントの中身は見ずに倉庫にでも追いやっているのかもしれない。
 プレゼントをどうするかは、イヴァンの自由だ。だがしかし、ギルベルトの望んでいる事は違った。

 恋をしている。
 ギルベルトは、何百年も前から彼の事が好きだった。最初は無自覚で彼にちょっかいを掛けては返り討ちにされ、痛い目にあったりもした。彼は、自分よりも寂しがりで、でも自分に負けず劣らず欲張りで、でも傷つきやすくて、繊細で。そんな表現をすると女性に恋をしているように思えるが、彼は彼。イヴァン・ブラギンスキは男だ。
 その部分について、どうこう言うつもりはない。好きなものは好きだから。ただそれだけの事。
 気に入らないのは、イヴァンの態度だ。

 イヴァンが、ギルベルトに対して好意を抱いているのかどうか。そこを量るのは難しい。昔から、彼はキレると怖く恐ろしく、手が付けられなかった。

「ギルベルト君と僕は、友達だよね♪」

 と久しぶりに会い微笑むイヴァンを見た時、明らかに悪意を含んだ声で言っていた。一瞬にして悟って逃げようとした時、腕を引かれてそして、耳元で告げられる。

「……それ以上でも以下でもないよ。今後もね」

 1トーン低い声で、囁かれた。
 ……知っている。イヴァンはギルベルトが自身に対してどう思っているのか、知っている。
 そんな事、ギルベルトはイヴァンの属国であった時から既に知っていた。

 イヴァンがどうしたいのかは、…知っていた事だ。

 大戦後、ギルベルトが西側との交流を断絶され、東側の者にも自身の忙しさに終われ碌に会うことが出来なかったあの時代で。仕事の量も山積みで半端ないものだったが、初めに待ち受けていたのはイヴァンの無言の圧力。しかも徐々に私的な事で口を出して来ては、時折手も出してきて、最終的には『無言の圧力』はなく、ただの暴力と化していた。
 ギルベルトはイヴァンの意図を知っていた。イヴァンは、ギルベルトに嫌われたかったのだ。その理由は、分からなかった。あちらが言ってこないのだから、知る術はない。

 ただ、何故イヴァンが嫌われたがっているのかを分かったかという理由。それは…暴力を振るった後、彼がひと目のないところを狙って泣き崩れていたのを知っていたから。
 やるならもっとバレないようにやれよ。上手くやれよ。嫌われたいなら、とことん冷徹になれよ。憎まれてもいいなら、その暴力にも手加減をするな。その、圧倒的な力で捩じ伏せればよかったのに。

 誕生日に贈り物をするようになったのは、イヴァンの家が崩壊してからだ。
 ギルベルトは、それから毎年プレゼントを贈る。その中身は、二人だけの秘密。
 いや、ギルベルト独りしか、そのプレゼントの中身は知らないのかもしれない。



 恐らく、今年のこの日もイヴァンはドイツの地は踏まない。
 友達だとか言うくらいなら、お祝いの一言でもくれよ、と思ってしまうのは既になりふり構わずギルベルトがイヴァンを欲しているからなのかもしれなかった。

「……逢いてぇ」

 と言いつつも、自分の誕生日を祝ってくれる者を無視してイヴァンのところに乗り込むわけにもいかない。
 全く会わないわけではない。極稀なルートヴィッヒの仕事について回り会う以外は、毎年10月3日にイヴァンがドイツにやってくる。それはそれは眉間に皺を寄せていて、不機嫌という文字を顔に貼りつけたような面でイヴァンはやってくる。その翌月も、何故か来ているようではあるが。顔を合わせる事はなかった。
 
 あの頃の…統一より前の属国であったギルベルトは実質イヴァンの玩具のような気がしていた。遊ばれている、という意味ではなく、イヴァンの物、という意味で。私物であるような存在だったはず。それを手放したあの日を祝う再統一の日。心境としては複雑だろうとギルベルトは考えている。
 イヴァンはギルベルトの事が嫌いではない。…と推測している。ともすれば、統一の日を快く思っていない可能性は高い。イヴァンは、それだから再統一の日あんなに機嫌が悪いのだ。現存する国のイベント事には、やはり現存する国である以上顔を出して挨拶をしなければならないわけで、この日も本心ではイヴァンは来たくはないのかもしれなかった。

「……誰と?」
「うおっ!?ヴェストか、吃驚させんなよ〜」
「気づかなかったのも、独り言を漏らしたのも兄さんだろう?」
「いやぁ、俺様とした事がヴェストの気配に気づかねぇとはな……」
「で、誰と会いたいって?」

 戯けて誤魔化そうとするがそんな言葉の気配を感じ取ったのか、ルートヴィッヒはそうはさせないとばかりに話を戻す。

「明日来るいつものメンバーではないんだろう?毎年毎年そんな顔をするのだから。明日誕生日なんだから、前以って誘えばよかったんじゃないのか?毎年準備しているし、呼びたい人がいるなら呼べばいいと何度も言って……」
「いや、いやいいんだ。既に声は掛けてるから。でも来ねぇんだよ」
「……忙しい人なのか?」
「あー……そうだな、うん。まぁ、そんな感じだ」

 自分に比べれば、大体皆忙しいのだ。嘘は言ってない。

「……そうか」

 ルートヴィッヒは考える素振りをしているが、まさかギルベルトがイヴァンに逢いたいと思っているとは考えないだろう。イヴァンの事は何度も嫌いだ、と公言しているのだから。ただ、もしもイヴァンがギルベルトの誕生日に突然来たら、ルートヴィッヒは驚くかもしれない。来なくて、正解なのだろうか。
 いや、それでも。
 ふと真剣な表情で考えこんでしまっていたらしく、何を考えているのかを窺う様子のルートヴィッヒの視線に気づく。慌ててギルベルトは取り繕った。

「まぁ、仕方がねーよな!1月はなんだかんだで慌ただしいもんからよぉ!」

 怪訝そうな表情を浮かべているが、ルートヴィッヒの肩をぽんっと叩き、納得させるように促した。それ以上は、ルートヴィッヒも言及しなかった。





「ヴェ〜お誕生日おめでとう〜!プロイセ〜ン!」

 夕方頃には、フェリシアーノとロヴィーノが家に訪れそう告げた。既に見知った人は来ていて、菊やフランシス、アントーニョも来ている。ロヴィーノが来たのは、フェリシアーノとアントーニョが来ると知っていたからだろう。それでもギルベルトは嬉しいと思っていた。元々人が集まるのは楽しいものだった。
 ただそれ以上に、祝われる以上に気にしてしまう事がある。イヴァンが来るのか来ないのか。もう何十年もこのようなやり取りをしていて一度も来ていないのだから、来ないと思う気持ちは大きい。ただ、諦めきれない。こちらがどんな気持ちで毎年イヴァンの誕生日にプレゼントを贈っていると思っているのだ。八つ当たりのような気持ちは強くなる。今回は、いつもとは僅かに違う文章にしているのだ。贈り物の中身を見るか、見ないか。文章に気づくか、気づかないかで変わってくる。文章に気づくなら中身を見て、中身を見たならその意味にも気づくはずだ。それを持って今日、イヴァンが来なければ、徹底的にギルベルトを無視する気でいるのだし、それを持って来るという事は意識はしてくれてるんじゃないのかと。そういう結論にしている。例え、その意識の意味が、恋とか好きとか愛だとかじゃなかったとしても、恋愛的な意味であることに違いはない。

「プロイセン、誕生日おめでとう!」
「「おめでとう!」」

 テーブルに並べられた料理の数々を前に、コップを掲げて皆でそう告げる。

「おめでとうございます、プロイセン君」

 微笑する菊の手にしているグラスには、透明の液体。酒にあまり強くはない菊だが、恐らく中にあるのは水ではなくて日本酒だろう。それを分かった上で。

「日本よぉ、まぁた水か?水飲んでんのか?ビール飲めよぉ〜」
「いえ、あのっ……これは日本酒であって……あぁ、では……このお酒が飲み終わったら頂きますから……」
「おうおう、ビールは美味いぜ〜。折角だから俺らの家に来た時くらいビール飲まねぇとな!」

 ケセセと笑う。
 集まった者同士で酒や料理を食べながら談話をしていた。飲み始めて3時間くらいが経過した時だった。

「……なんか、ちょっと寒くねぇか……?」
「さっき、皆が酒が入り暑いと漏らしていたからな。暖房の設定を少し下げて……、」

 その時突然、ガンッと何かがぶつかる音が響く。玄関の方からだ。

「? 何の音だ?」

 フランシスがそう呟き、ロヴィーノは怯えた様子でアントーニョの後ろに隠れる。何かを壊す物音は続いている。玄関の方から…という事は、玄関そのものが誰かに壊されている?と、そこまで考えたところで、その男は現れた。

「……いい加減にしてよ、ギルベルト君……」

 ギルベルトは思わず数度瞬きをし、その男の姿を捉えた。自分よりも体格のいいその男。期待していた。もう来ないんじゃないかと思ってた。何十年もこの日を待っていた。

「こんっなものッ!送ってなんか来ないで……!」

 そう告げて、その『ギフト』をギルベルトの足元めがけて投げつけた。割れる、と思ったがそれは小さなものだったからか、割れずに足元に転がる。

「……ロシア…っ」

 その男の名前を呼ぶ。嬉しかった。この日を祝って欲しかった。他の誰でもなく、ギルベルトはイヴァンに祝って欲しかったのだ。

「毒薬だよ!?国に対してこんなもの贈るって馬鹿じゃないの!?僕の国民に殺されたいの!?いいよ、だったら僕が自ら殺してあげる!!」
「なっ…、っぐ、苦し…っ」

 イヴァンはギルベルトを押し倒し、身体に跨ってギルベルトの首に手を掛ける。その力は一応は加減されたものだったが、冗談と思えるほどの緩さでもなく、苦しさにギルベルトは藻掻いた。いつだったかの首絞めを走馬灯のように思い出す。

「ロシア、落ち着け!どういう事なんだ!?」
「どうもこうもないよ!ギルベルト君ったら、普通の陸路でこんなもの送って寄越して!今までだったら害はなかったから、強くは言わなかったけど!ねぇ、今回はどういう事なの!?」

 止めに入ったフランシスに、イヴァンはそう言いながらギルベルトにも問い掛ける。が、イヴァンの首を絞める指の力に、声を出そうにも苦しくて出せるはずもなかった。

「ぐっ…、げほ…っ」
「あぁぁああああ!ロシア、やめてやめて!プロイセン本気で死んじゃうから!」

 こういう時、一番焦って止めに入るだろうルートヴィッヒは徐ろに、床に転がる『小瓶』を手に取る。

「……兄さん…?」

 ルートヴィッヒの眉間に皺が寄る。ギルベルトはぎくりと顔を弟の方へと向けた。イヴァンがそれを見るなら何ら問題はなかったのだが、他の誰か…それも、よりにもよって弟に見られる事は想定外だ。しかも、その薬はドイツ製。
 ギルベルトは思い切りイヴァンの胸を押して抵抗する。が、呼吸が上手く出来ないせいか、意識まで朦朧としていて手に力が入らなかった。その間、なにそれ?と言われて他の国に、ルートヴィッヒはその小瓶を見せている。
 あぁぁあ、やめてくれ。そんな羞恥心を煽るような行動はやめてくれ。それでもそれを止める為の余力などなく、周囲の好奇心の目とルートヴィッヒの視線はこちらに向けられた。

「こんなもの…なんで兄さんがロシアに?」
「当たり前でしょ!ギルベルト君は僕の事殺したいくらい嫌いなんだもんね!だからこんな意地悪してくるんでしょ!」
「……っ」

 そんな事いつ誰が言ったよ、と反抗したいのに全く加減されているのに容赦のないイヴァンの手の力に嗚咽が漏れる。

「……ロシア、これは毒薬じゃない。媚薬…というか俺たちの国で作ってる精力剤だ。ただ兄さんがからかっただけだろう。悪ふざけが過ぎて済まなかった」
「……えっ?」

 イヴァンがキョトンとした表情を浮かべて、ルートヴィッヒへと顔を向ける。その弟の視線の先には、イヴァンに贈られた小さな小瓶。イヴァンの指の力がするりと緩んだ。

「げほっ…ごほっ…ロシアぁ!てめぇな、加減ってもんを……っ」
「兄さんも兄さんだ。暇だからって、何もロシアにこんな紛らわしいちょっかいを…」
「うっせぇなぁ!俺様の勝手だろっ」

 そう告げて、ギルベルトはルートヴィッヒからその小瓶を引っ手繰ろうとしたが、それはイヴァンの先に伸ばされた手によって奪われる。そしてそのラベルを見つめてから、視線をギルベルトへと向けた。

「……嘘…、」

 真っ赤な顔をしちゃってまぁ、純粋だこと。わかっている。そんな顔を赤らめて戸惑う表情、可愛いと思ってしまうギルベルト自身、既に深みにハマっている事を自覚している。しかし、気づかないお前が悪いんだ、とギルベルトは思う。
 『gift』という言葉は、ドイツ語では『毒薬』。それに気づけるのならば、その小瓶のラベルに書いてある『liebestrank』という文字くらい読めるだろう。そんな単純な事に気づかない、お前が悪いんだ。
 ギルベルトは眉間に何本もの皺を寄せて、イヴァンを睨みつける。

「み、みんな僕を騙してない……?ちょっとギルベルト君、飲んでよ!」
「……は? ちょ、待て何すっ…、んぅっ」

 イヴァンはキョロキョロと周囲の国を見回してから、慌てたようにその小瓶の蓋を開けてギルベルトの口へと突っ込んだ。その瓶に満たされた液体が、ギルベルトの喉を通った。
 その瞬間に、周囲からの好奇な視線が突き刺さる。

「っ……ぅ、にすんだよ!てんめぇ!!」
「何するって、君が送って来たものでしょ!?安全性くらい確かめさせてよ、その身で!!」
「あぶねーもんなんかてめえに贈るはずねぇだろ!!大体俺様が飲むなんて想定外……、っ」

 思わず口を噤む。自身が飲むのが想定外ならイヴァンが飲むのが想定である、という事は真面目に贈り物をしたというのがバレてしまうわけだ。そうだ、イヴァンの誕生日に物を贈っているだなんて、他の国に言えるはずもない。誕生日でなかったにしても、わざわざ下心はあるにせよ糞真面目にイヴァンに贈り物をしていたという事実なんて。
 イヴァンとギルベルトは犬猿の仲だ。いや、正しくは…周囲から見たこれが、イヴァンが望んでいるはずの仲。

「ったく、勃起不全のおロシア様に薬をくれてやったのにいらねっつーんだもんな!」
「……何処で聞いたのか知らないけど、僕別に勃起不全じゃないよ」
「と〜に〜か〜く!お前はもう用は済んだろ!とっとと帰れっ!」

 そう告げて、未だギルベルト自身に跨がったままのイヴァンの身体を押しのけた。既に呼吸は整い手の力も問題なく入る。イヴァンはギルベルトからどかせた。ギルベルトはそのままイヴァンを反対向きにさせて、身体を押して玄関へと向かわせる。イヴァンの身体に重みを感じるため僅かにこちら側に抵抗していると感じたものの、更に力を入れて押してやって、玄関へと歩む。
 とにかく、他の国からの視線が嫌だった。イヴァンが来て嬉しいと感じたというのに、その意味が通じていなかっただなんて。酷すぎる。お前がそんな察しの悪いやつだとは思わなかった。そう評価を改めても嫌いになんてなれるはずもなく。

「……玄関の修繕費、請求するから覚悟しとけよ」
「ギルベルト君が悪いんでしょ」
「…………気づかないお前が悪い。でも……、」

 やっと、そう責める事が出来た。

「……今日、逢えて嬉しいと思った」

 小さく地面に向かって呟くように言葉を紡ぐ。それを打ち消すように、ギルベルトは言葉を続けた。

「まぁお前が飲むんじゃなく?俺様が飲むハメになったのは想定外だったけどな!」

 ケセセ、と笑い飛ばす。場を取り繕う為の、笑み。
 イヴァンは、ギルベルトがイヴァンの事を好きな事実を知っている…はず。隠す必要は、ないはずだった。目の前の、素直にそう告げることが出来る人物は、その気持ちを拒否するのだろうけれど。

「案外それ、媚薬でもなんでもないんでしょ?全く動じてないじゃない?」
「胡散臭いポルノ映画でも観すぎたか?ロシア。こういうもんは数分で効くもんじゃねぇだろ。早くてもあと20分くらいは必要だぜ?」

 手に入れた経緯で調べた効力や効くまでの時間。それを身を持って知っていたような口ぶりで返した。
 イヴァンが玄関に置き去りにしていただろう鞄を拾ったところで、尋ねる。

「で。今夜、どうすんの」
「え?……あ、えっと……そうだね、とりあえず……何処かのホテルにでも泊まらせて貰おうかな。それくらいは、いい?」

 わざわざギルベルトに行くのは、ドイツに滞在してもいいかどうかの確認だった。そこで断る程、ギルベルトはイヴァンに厳しいわけではない。

「それくらいっつーか、いいっつーか……ちょっと待ってろ、」

 そう告げて、尻ポケットに入れていた携帯電話を取り出して、ギルベルトはアドレス帳から付近の宿泊施設へ電話を掛ける。コール先と数度会話を行うと、携帯電話の通話を切った。そして、イヴァンの携帯へとメールを送る。間を開けずに、イヴァンの携帯の着信音が鳴り響いた。それはすぐに鳴り止む。

「……?」

 イヴァンが携帯を取り出して、メールを開いた。

「その住所のホテル、空いてたから使え」
「……有難う」

 有難うなんて言わなくてもいいから、せめて今日この日に逢えたのだから「おめでとう」の一言くらいくれたっていいんじゃないのか。おい、イヴァン。
 そう思うけれど、イヴァンからの必要以上の好意、というのは強請っても貰えるものではないのだ。正直、ギルベルトは苛立ってもいる。

「予約は俺の名義で取ってあるから、多分金は発生しねぇ」
「えっ?」
「…………金、払わなくていい代わりに、責任取れよ」
「――……っ、」

 イヴァンは言葉に詰まった様子で、狼狽えた。目が泳いでいる。身体はびくともしないくせに、目を逸らすようじゃまだまだだ。

「言ってる意味分からない程、ガキじゃねぇんだろ?」

 ギルベルトがイヴァンの頬に触れる。
 ――その瞬間。

「プロイセン、なしたん?皆待っとるで」

 ひょこ、とリビングから顔を出したアントーニョに、思わずその手を引っ込める。あぁ、イヴァンの温度が逃げていく。
 アントーニョはロシアの姿をその目で捉えて、まだ居たのか、という意外そうな表情を浮かべた。それもそうだ、長話するような間柄には見えないのだ。アントーニョだって、ギルベルトがイヴァンを嫌っていると知っている。ギルベルトの本心ではないが。

「ああ、えっと……、玄関の修繕費の話とか色々なー…、」
「……スペイン君、ちょっと数時間ギルベルト君を借りるよ。多分日付が変わる手前には帰せるんじゃないかな」
「ん?」
「は?」

 疑問の声を上げたのはアントーニョもギルベルトもほぼ同時だった。
 イヴァンがギルベルトの手を取り、引く。ギルベルトは目を見開いた。動揺はするものの、その手を振り払わないのは好奇心だ。

「えっ、何処行くん!?」
「ちょっとそこまで、お仕置きに」

 更にわけのわからなそうな表情を浮かべるアントーニョ。しかし、それを無視して玄関を出た。

「おいっ、今の全然答えになってなかったぞ…!」
「……言うわけないでしょ、君と今からホテルに行きますなんて」

 それもそうか、と納得は出来る。

「彼らにそういう関係だと思われたら、今の君は真っ先に喜んじゃうんでしょ?」
「――……っ」

 全くのその通りだ。嫌いだと言わなくて良くなるから。
 でも、そう言いながらイヴァンは自分の身につけているマフラーを、ギルベルトの首へと巻きつける。喜ばせたくないなら、そんな細かい気遣いしない方がいいぞ、と心の中で訴えた。

「でもお前、今から俺とホテルに行って何すんだよ」

 どうせする事は変わらない癖に。

「君に最低なバースデープレゼントをあげるよ。僕の事もっと嫌いになるように」

 そう言いながら、通りすがるタクシーをイヴァンが拾い、乗り込む。ギルベルトもイヴァンに並んで後部座席へと乗った。

「……ねぇ」
「あん?」
「なんであんな悪戯したの」

 そんなの好きだからに決まってる。逢いたいからに決まってる。会う為の理由作りだ。今までみたいに、あげてもあげなくても変わらなそうなのは嫌だった。
 流石に毒薬と言ったのを媚薬だと見抜かれなかったのは意外だったけれど、なんだかんだで、逢えただけでもめっけもんだ。

「お前がこうやって怒りに来ないかと思って」
「……僕が飲めばいいと思った?」
「まぁな。でも、全然関係ないとこで、お前が誰かにがっついてんのは見たくねーな」

 媚薬は惚れ薬とも言われている。イヴァンがそれを飲み、期待は殆どしていなかったが、ギルベルトに恋愛感情を持てば、ギルベルトの恋愛成就はされるのだ。
 そんな話をしながら、運転手はちらちらとミラーでこちらの様子を伺っていた。そりゃ男同士だからな、気になるのも無理はないか、と不快な気持ちを少し持ちつつシートに身体を預ける。
 シートは固すぎないのに何故か落ち着かず妙な気分だった。

「……気分悪い?」
「あぁ……いや…」

 イヴァンは言葉を上手く言い換えていた。ギルベルトの今の気分が感情や別の外的な影響ではなく、先程飲んだ媚薬…精力剤のせいである。

「ホテルまで我慢出来る?」
「出来なくでも我慢させられるんだろ?」
「我慢させない事で君が僕を嫌いになるなら、惜しみなく協力するするけど」
「だったら余計に我慢するしかねーわ」

 我慢する方が嫌いになれるわけではない。嫌われるためなら今ここででもイヴァンは手を出すと言っているのだ。いくら、ギルベルトがイヴァンの事が好きであっても、堪えられる事と堪えられない事がある。羞恥に勝てるとは到底思えなかった。
 それに、嫌いになるなんてまっぴらだ。

 言葉少なくなり、タクシーが目的の場所へと辿り着くとイヴァンがお金を支払った。それを視界の端に入れていたのに次の行動を予測していなかった。

「ギルベルト君、大丈夫?」
「―……っあぁ、悪い…」

既に車から降りて自分とは反対側のドアから覗いてくるイヴァンに、慌ててそう告げた。イヴァンの傍らにはドアマン。ギルベルト側のドアも開かれていた。バタンとイヴァン側のドアが閉まる。
 降りようとしたところで、イヴァンはドアマンに一言何か告げたらしく、ドアマンよりもギルベルトの近距離立っていた。手を差し出され、ギルベルトはなんとなくその居心地の悪さを感じながらも、事実身体自体も違和感を覚えていたのでその手を取り、車から下りる。

「……っ」

 下半身に覚えのある感覚を感じて、家を出た時にイヴァンに巻かれた長いマフラーの先を後ろではなく前に垂らして見た目を誤魔化した。

「暗いから見えないと思うよ」
「!っ……ホテル入ってからが、明るいんだろうが…っ」
「あぁ、そうだったね」

 イヴァンは手荷物は預けず片手には鞄、もう片手にはギルベルトの手を握る。挨拶がキスだという事にせよ、こういうところにせよ、イヴァンは好意がなくとも日常的に触れる事など容易いのだろうか。そうなんだろうな、とギルベルトは心の中で答えを明確化していると、明るいロビーを抜けてフロントへと辿り着く。
 通常ならこの時間、チェックインなどする時間帯ではないのだが、空いているかを確認した上で今から行くと告げ予約したのだ。それも国の化身であるギルベルトが。今のギルベルト自身がそれほど国としての力を持っていないにしても、ルートヴィッヒとの関係上、必然的に信用はあった。
 フロントクラークがギルベルトを見る。直ぐに、気づいたらしく一言二言で手続きが済む。

「では、お部屋までご案内致します」

 ベルボーイが部屋へと誘導する。イヴァンは尚もギルベルトの手を握っていて、ギルベルトは媚薬の影響なのかイヴァンのその手の熱のせいなのか分からない。恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。大の大人が、手を繋いでいるという事実も、その相手がイヴァンだという事も、今の自分は精力剤を飲んだせいで目の前の男に縋り付いてしまいそうな衝動も。
 だって、好きだった。ずっとずっと好きだったのだ。この男の事が。いくら本当にイヴァンがお仕置きという名のただの暴力を、あの頃のように振るったとしても、恐らくギルベルトはイヴァンの事を本当に嫌いにはなれない。そして、暴力であるか暴力でないかの事実がどうであれ、同じ部屋に二人だけで居る時間。ただそれだけが、この上なく嬉しい。

「……ケセセっ…、ネジ一本吹っ飛んでら……」
「? 何か言った?」
「……いや、なんも」

 小さな独り言を呟いて、廊下を歩む。
 部屋へと案内され中へと入るとベルボーイは簡単に説明を残した後、イヴァンからチップを受け取り部屋から出て行った。

「……悪いな。なんもかんも…お前任せにした」

 予約はギルベルトがしたけれど、今のギルベルトはそれどころではなかった。声が、なんとなく震えているのを自覚する。

「別に、そんな事気にしてないよ。それより、君、大分効いてきてるんでしょ?薬」
「……で?イヴァンは俺にどんなお仕置きをくれるって?」

 挑戦的な目でイヴァンを見つめてやれば、イヴァンは全く動揺もせずに冷たい目でこちらを見る。

「君は寝ないで起きてて」
「はぁ?」
「僕は普通にベッドで寝るから。そうだね、手の拘束はさせて貰おうかな?寝ている僕の横で一人でされても困るからね?」
「ちょ……っおい…!」

 期待させておいて、なんだそれは!とギルベルトは言いかけるが、勝手に期待している事も、例えセックスでないにせよ暴力どころか構いもしないなんて、そんな言葉まで出してしまっては本当に引かれる可能性がある。今までどれだけ片想い患ってると思ってるんだ。今更臆病になる理由もないのだが、イヴァンの考えている事が見えず警戒してしまう。
 そしてイヴァンは言葉の通り、鞄から何故入れてきたのかと突っ込む間もなくロープを取り出して、それを後ろ手にさせたギルベルトの両手首を結んだ。そして、窓際のチェアへと座らされた。
 大体にして、今日中に帰すのではなかったのか。このままイヴァンが寝るという事は朝までこの状態になる。

「……マジかよ……」
「ソレ、おっ勃てたまま薬の効果が切れるまで我慢してなよ」
「想定外すぎるぜ……」

 今日はとんだバースデーだな、と冷や汗すら流れてくる。

「……期待してたの?」
「……っ」

 してました。
 …なんて事は言えるはずもない。

「顔、赤いよ」
「そりゃもうかなりキてるからなぁ?」
「そうなの。じゃあ、僕もう疲れてるから眠るね?」
「は!?ちょ、おい…っ」

 もう少し会話を楽しむとかそういうのもなしかよ!と思ったけれど、既に正確な判断が出来ない。いつもなら何処までイヴァンに要求出来て、何処からが自制していたのかの判断。下半身のせいで、余計に苛々としてくる。

「……イヴァン」

 彼は既にコートを脱いでベッドの寝具に潜ろうとしていた。ああ、奴は本気だった。

「…………バースデープレゼント……くれよぉ…」
「抱くわけないでしょ」

 確かに!今の状況じゃ、そうなるんだろうけど!
 確かに!それも望んじゃいるけど!
 ああ、もう、この際、抱くとか抱かないとかもどうでもいい、とギルベルトは震えた声で緩く首を横に振る。

「……しなくていいから。我慢してやるから……今日だけ、『おめでとう』って……言ってくれ」

 僅かに、イヴァンが身じろいだ。
 折角逢えたのに。この日に逢えたのに。恋人でもないお前にセックスしろとは言わない。でも会話くらいはしたい。だけど会話もしてくれないんじゃ、せめて。今日来ただけの特別な何かを聞かせてくれたっていいじゃねぇか。
 ギルベルト自身、もう何がなんだか分かってはいない。平静ではいられない。

「…………言うわけないでしょ」
「……っ」

 イヴァンは徹底的だった。宗主国と属国の関係に戻ったほどに冷たく、しかもその時以上にこちら側に踏み入りもしない。

「君は亡国。つまり亡くなっているんだよ?なんで誕生をお祝いしないといけないの?おかしいんじゃない?」
「……っ、だから今まで、無視してきたってのか」
「うん。君から何かして欲しそうなんだなっていうのは、気づいてたよ?わざわざ日付指定で返品を受け付けているみたいだしね?」

 ギルベルトの誕生日。その日に、ギルベルトがイヴァンに会えるように仕組んでいたのがイヴァンのバースデー。

「でもギルベルト君は毎年、仲の良い友達と誕生日パーティしてるじゃない?充分でしょ?」

 充分じゃないから毎年まわり諄いことをしているというのに。

「だったら……俺の誕生日に、来い、っつったら来てくれんのかよ?俺様の偉大な『オトモダチ』?」
「行くわけ無いでしょ、君が僕の事を友達だって、思ってくれてないもん」

 成る程な、とギルベルトは納得する。ギルベルトがこの恋心を切り捨て忘れない限りには、イヴァンはギルベルトを祝うつもりはないらしい。

「…………わかった、今日は諦める」

 そう告げて、身体を前に倒す。こちらは諦めが悪いのが長所だ。今更イヴァンへの気持ちを偽ったりだとか、誤魔化したりは出来ない。
 頭を傾けたり、身体を動かして色々試すが、望んだようには動けなかった。

「…………何やってるの?」
「……自分でフェラチオ出来ないか試してる」
「ギルベルト君、バカでしょ?」
「いや、やってみねぇとわかんねぇぞ……もしかしたら、出来る……かも!」

 イヴァンは黙って顔を左右に振った。呆れている。
 それでも両手が拘束されているのでは、この堪えようもない性欲を持て余すだけで、変になりそうだった。

「……ギルベルト君、君は僕が毎年11月に何を思ってるか、理解してる?」
「は?何って……11月ぅ?10月の俺達の統一の事じゃなくて?あの日だったら、毎年毎年機嫌悪そうな顔で来やがって、ご苦労なこった……って思ってるけどな」

 口が下に履いているパンツのファスナーに届かない。
 ああ、くそ、裸……今が裸であれば!この部屋に入った瞬間すっぽんぽんになっていれば!!

「僕が……ドイツ君のところに戻る事になった君の記念日を、いつまでも歓迎出来ないとでも思ってるの?それくらいは、僕は大人だよ」
「お前なんか、いつまでもガキ臭ぇじゃねぇか。さっきだって…アレが媚薬だって知って、初心な顔しやがって」

 子供臭いくせに力は子供のそれとは違って、そのギャップがギルベルトのお気に入り。イヴァン自身が大人ぶっているところもないのが、愛しい。変に背伸びせず、でも子供じゃない。そのままのイヴァンであるから、いつまでも何処か純粋さを忘れないイヴァンであるから、ギルベルトはイヴァンに惹かれているのだと思う。
 ――ほら、また。
 イヴァンは枕を両手で抱き締めていて、顎を乗せている。
 そういうところが堪らなく可愛いんだ、とギルベルトは心の中で呟いた。

「…………君はいつだって、ドイツ君の手を取る」

 ぽつりと呟かれた言葉。思わず、イヴァンを凝視する。

「…………君が、今日のこの日にドイツ君と一緒に居る事を選ばなければ、プロイセン君が消える事はなかったかもしれない。……11月のあの日、あんな事があったのに……それでも君はまた東ドイツ君として、ドイツ君の手を取った」
「……ロシア……?」

 11月は…ベルリンの壁崩壊の日の事か。11月9日。当時東ドイツであるギルベルトは、その上司のミスによりベルリンの壁崩壊に立ち会った。その時、イヴァンは壁には訪れず、ただギルベルトとルートヴィッヒの動きを、情報を得ながら傍観者となっていた。
 あの時、イヴァンは何も言わなかった。その後も、何も言わなかった。だが。

「信じられると思う?僕が君の事をさ。1月18日も11月9日も、僕にとって忌み日だよ。僕にとって大っ嫌いな日。この日のせいで、僕の気持ちも裏切られるし、君の言葉も全部嘘に変わるんだ」

 歓迎するくらいは出来ると言ったその口で告げられる矛盾。これほどなら、10月の記念日に来ている時にあの不機嫌な面をしているのも納得出来る。
 だが、ギルベルトはイヴァンを裏切ったつもりは毛頭ない。

「いつ俺がお前の気持ちを裏切ったって?俺がお前の事を嫌いだって態度を仕向けたのはそっちだろうが。俺はお前の望む通りに嫌っている態度を取ってやったぜ」
「本気で嫌いになってよ」
「そいつは無理な相談だな」

 何故ギルベルトがイヴァンを嫌う必要があるのか、理解が出来なかった。
 そもそも本気で嫌いになりたければ、宗主国が属国の気づく範囲で泣くもんじゃない。

「――……君が生まれた記念日に……170年後に君はドイツ君の手を取った。11月だって、本来君は消えるはずなのにあの時は東ドイツ君になっちゃって、しかもまた同じ日に君の上司は僕達を裏切っちゃった」

 裏切ったつもりはないんだが、と言い訳したところで仕方がない。ギルベルトの思っていた流れではないにしても、後者は確かにイヴァン達を裏切る結果だったのだろう。

「でもね…だからこそお祝いするんだよ、1月18日じゃなくて11月9日に。君が国として滅亡した日に。『おめでとう』って」
「……俺はここにいるだろ。いなくはなってない」
「うん、ギルベルト君の『次』の名前はなんだろうね?」

 イヴァンがずっとギルベルトの事を名前で呼んでいる理由。
 それは、単にもう…プロイセン王国として認めていないからに他ならない。
 ふふ、と微笑むイヴァンが、少しだけ不気味に見えた。それでも、ギルベルトにはその不気味差は昔からの付き合いで既に慣れきっていて、懐かしくさえある。

「…………僕は、君の誕生日を祝う気はないよ。君がまた領土を取り戻すその時まで。悔しかったら…僕に誕生日を祝って欲しければ、奪って?この僕からでもいいよ、受けて立つから。それまで僕は君の亡くなった日を祝いに来てあげる」

 ギルベルト自身も多少歪んでいると思っていたが、イヴァンもなかなかだ。

「――……そして、僕は君が生まれた事を毎日呪うの。特に今日は、いつも以上に呪うの。なんで君は生まれて来たのって。どうして国は滅んだのに、その化身の君はまだ居るのって……こんな事ならずっと、ギルベルト君はドイツ騎士団君やプロイセン公国君のままがよかった」

 恋愛感情を受け入れない素振りをしていようと、イヴァンのギルベルトに対するその執着を垣間見れば、ギルベルトは言い様もない優越のようなものを感じた。イヴァンはギルベルトに対して、無関心……ではなかった、と。

「お前さ……案外俺様の事、好きだろ?」
「何言ってるの?好きじゃない……好きなんかじゃないよ……」

 枕に額を埋めて、そう呟く。

「俺がヴェストと一緒に居る事を選ばなかったら、お前は俺を信じるのか?」
「…………わからないよ、知りたくもない、そんな『если』」
「その『wenn』が聞きたい」

 『if』――もしも。
 1月18日に、プロイセン王国となり、170年後にルートヴィッヒと王を共にしなければ。
 11月9日に、上司が東西の行き来についての決定されていない情報を発表しなければ。
 イヴァンはギルベルトの事を信じたのだろうか。

「…………知らない」
「―――……じゃあ、代わりに答えてやるよ」
「……?」

 ギルベルトの下肢は既に痛いほど張り詰めていた。しかし、どんなにギルベルトが情けない格好だろうとイヴァンは真面目に話をしているのだ。今まで以上に、感情を吐露している。ならば、どうあっても真面目に話は聞いてやるべきだ、と思っていた。

「お前は、どう足掻いても俺の事なんか信じねぇ」
「……っ!」

 はっとして顔を上げ、傷ついたような表情を浮かべるイヴァンに思った。そんな事実、傷つくのはこっちだ、と。

「お前は俺がプロイセンの名を名乗る前から、俺の事なんか信じちゃいねえ。だからお前は俺が好きだって言っても受け入れないし、嫌いだって言ってもどうせ信じない」
「そんな……事、」

 ヴィオレットの瞳が揺れる。

「俺がお前に愛してるって言おうと喜びもしなければ、死ねばいいって言っても信じない。俺の言葉なんか、聞いちゃいない」
「そんな事ないもん……っ!」

 今にも泣きそうな表情で、瞳の表面がキラキラと照明が反射している。

「ギルベルト君は僕の事好きだって、そう思ってるって、知ってるもん……っ ずっと……っ何年も前からわかってるもん……!」
「じゃあ!そこまで理解してんだったら、もっと信じろよ!俺はお前を裏切ったりなんかしねぇよっ」
「でも事実裏切ったじゃない!だからもう信じたくないんだよ!」

 イヴァンが、ギルベルトの言葉に上乗せするように叫んだ。

「だからもう、君に好かれたいだなんて、思わない。嫌って欲しいの…僕の事、憎んで。嫌いになって」
「〜〜〜っどうしてお前はそうやって……!」
「それでいいの。それでいいんだよ……だって、それが一番、傷つかなくて済むもの」

 この、分からず屋。どうして自分の事しか考えないんだこいつは。いや、そんなところがギルベルトは好きなわけだが、対自分と恋愛感情絡みだとループにハマって煩わしい。

「あー……俺は…なんだかんだ言ってこれで良かったと思ってる。ヴェストと一緒に居たから、お前が俺の宗主国になった。まぁ仕事は面倒臭かったが、お前とずっと仕事をして、同じ空間に居て、まぁしょっちゅう暴力受けて、でもお前と何時間だって一緒に居れた。咎める奴もいない。あんな幸せな日はなかったな」
「……何、言ってるの……?」
「俺に暴力振るっておいて後悔して、勝手に泣いて。そんなんだったら最初から殴ったり蹴ったりしなけりゃいいのに。お前、マゾヒストを喜ばせる為にサディストのふりでもしてんのか?」
「……なんで…泣いてた事、知ってるの……?」

 あーもう苛めたくないな。目の前のイヴァンが泣きそうだ。

「俺がどんだけお前の事しか見てねぇと思ってんだ!こっちは何百年もお前の事が好きなんだぞ!?嫌でも気づくっつーの!寧ろ何百年も受け入れないお前の方が俺は信じらんねえ!わけわかんねえ!でも好きだ!悔しいことにすげぇ好きだ!!」
「なん…びゃくねん……って、……言われたって……」

 ああ、もう好きだって知られてるなら、今の言えるうちに沢山言っておこう。
 また、周囲に好きだって悟られないようにしなければならない日々に戻る可能性を考えれば、今なら自由だ。

「湖に落ちてお前に首絞められようが、お前がハムスターに嫌われてショックで俺と会うのを断ろうが、暴力毎日振るわれようが、今日だって久しぶりに逢ったのに首締められて懐かしんじゃうくらいだし!?もう俺様マゾヒストじゃね?つれぇわーお前の事好きすぎてつれぇわー」
「…………正直、今の言葉ドン引きだよ……?ギルベルト君…」

 こちらは身体の状態がもう既に可笑しいのだ。どうにかしたくて堪らなかった。なけなしの理性で、このザマだ。

「……っお前の事が好きなんだよ、馬鹿……っ」

 好きだと告げる言葉が、既に何度目かがわからなくなってきた。頭がガンガンと痛みを与えてきて、自分でも何を言っているかも不明瞭だ。

「何言ってるの……君は僕の事嫌いでしょ?ねぇ、嫌いって言って」
「……嫌だ。お前の事が好きだ」
「みんなの前でだって言ってくれたじゃない、僕のことなんか嫌いだって……どっか行けって……言ってくれたじゃない?」

 イヴァンが枕をベッドに置き去りにし、そっとギルベルトの元へと近づく。

「……『イヴァン』、好きだ」

 国の化身だけれど、国としてではなく。ギルベルトの事を今、イヴァンが国として認めていないのならば。

「…………愛してる。お前の冷たい手で、俺に触れて」

 他人への愛情の注ぎ方を知らないイヴァンを、ギルベルトは知っている。だから、敢えて上手に愛してくれとは言わない。ただ、信じてそれを甘んじて受け入れてくれればいいのだ。不器用に、暴力でも振るって泣いて喚いて後悔して謝って、でも同じ事を何年だって繰り返して……そんなのだって構わなかった。
 イヴァンの冷えた指先が、ぎこちなくギルベルトの頬に触れた。びくりと、大げさなほどに身体が跳ねる。けれど、そのまま目を細めてイヴァンに命令する。

「……『挨拶』も、しろ…っ」
「……ギルベルト君、」
「…………なんだよ…こっち来てから、まだだろ?」

 触れられたら、唇にその温度が欲しくなる。ソビエトの家に厄介になってにいた頃は、理由をつけて当然に出来たソレを本当は嬉しく思っていた。

「だって、僕……っ」
「あー好きだ、あーイヴァンの事が好きだ、俺もイヴァンに愛されてぇなぁー」
「…っ」

 真っ赤な顔でこちらを見ているのだから、これは疑う余地は無さそうだった。
 イヴァンは、ギルベルトの事が本心では好きなようで、でも信じてそれを裏切られるのが怖くて、その言葉に乗っかる事が出来ない。
 ……信じればいいのに。素直に、喜べばいいのに。
 僅かに躊躇う様子で、イヴァンの顔が近づく。ギルベルトは瞳を閉じて、その温度を待った。けれど、数秒待ってもその温度は触れない。そっと片目を開けて様子を伺う。

「……僕、」

 その困ったような、戸惑うような、不安げな顔が間近にあったから、言い訳だとかを聞く前に身体を少し前に倒して、イヴァンの唇に触れるだけのキスをする。

「…………お前が愛情表現上手くなさそうなのも、とっくに…気づいてるぜ?」

 ああ、まずい。どうしようもない程の高ぶった熱。触れた唇から着火する。油で満たされたところに火を投げ入れられたように、一気に焦がれる。
 欲しい。

「……っ」

 不意にイヴァンが抱き締めるようにギルベルトの身体に腕を回す。が、それが後ろの拘束を解くためにまわされた手だった。ロープは緩くなり、腕と腕が離れる。ギルベルトは、解かれた手首を動かしながら、縛られた紐の赤い痕を見つめた。

「ひっでぇなぁ……ぞくぞくする」
「……マゾヒスト」
「お前限定な?」

 ケセセ、と笑ってみせる。そして頬に触れて、また唇にキスをした。イヴァンは先程拒絶しなかった。だったら許されている…そう思っても、いいのではないだろうか。

「……なんで、僕の事嫌いになってくれないの……?」

 目先の望みに囚われているイヴァンは、もうそんな事しか口にしない。ギルベルトを信じた先に、イヴァンの望むものはないのだろうか。

「…………お前が泣くから、嫌いに…なんて、なれねぇんだよ」
「……な、泣かないよ…っ」
「嘘つけ。お前は嘘が下手だ。昔のお前の方が幾分素直で可愛げもあったっつーのに……、」

 既にイヴァンの下瞼の縁に涙が溜まっている。
 ああ、ほら、今にも零れそうだ。そう思いながら、また唇に口付ける。少し離れても、また唇へ。

「ん……、……ギルベルト君は…意地悪になった。昔よりも、凄く…意地悪になった」

 遂に、瞬きをした瞬間に涙が零れた。それを自由になった手で拭ってやる。

「お前が俺に、嘘を吐かせ続けるから意地悪するんだよ」
「……じゃあ、君に嘘を吐かせなければ、意地悪しないの……?」
「多分な?」

 だってそれなら抑圧したイヴァンへの愛情を、そのままぶつける事が出来るから。屈折させる必要もないし、屈折してしまう理由もない。

「あっ、あのねギルベルト君……、」
「ん?」
「裏切らないって約束してくれるなら、僕の事好きでいても…いいよ」
「お前に許可貰わなくたって勝手に好きでいるから、その上から目線やめろ」
 
 今までだって、そうしてきた。

「……好きなの。ギルベルト君の事、好きなんだ…大好き……、あのねっ、僕、君が僕から離れていくの、見たくないんだよ……っ」
「あぁ、知ってるって…分かってる」

 気づいたのは、先程からの会話や態度のおかげであって、ずっと以前からではないけれど。

「もう嘘、吐かなくていいよ……でももう、意地悪しないで…嫌いに、なって…お願い……」
「……ん……っ、」

 今度は、イヴァンの方からギルベルトへと口付ける。怖がるみたいに、恐る恐るだった。別れの『挨拶』のつもりだろうか。そんなのは認めない。
 ギルベルトが舌を差し出してやると、イヴァンは一瞬だけ驚きに身じろいで、それでも自らも舌を差し出して応えた。酷く、甘い感覚。下半身も張り詰めすぎて痛くて、頭だってぐわんぐわんするくらい響いて痛みも鈍って痺れに感じる。眩暈もした。

「何度でも……断るぜ、イヴァン。俺はお前を、嫌いにはならない」

 イヴァンの手を取って、ギルベルトは自身の下衣を押し上げるそこに触れさせる。イヴァンはまた頬を朱に染めた。

「目……据わってるよ」
「……してぇんだもん」
「いくら好きだって返事があっても、告白の後に突然下半身に触らせるのってどうかと思うよ?それに僕まだ納得してないし」
「そもそも……この状態は全部お前のせいだから、関係ない」

 薬をギルベルトに飲ませたのもイヴァン。ホテルに連れてきたのもイヴァンだ。この状態で何百年も好きだった奴に、好きだと言われてみろ。抑えろというのが無理な話。

「ここまで来て…『責任』、取ってくれねぇわけ?なぁ……玄関での返答は?まだ、聞いてねぇよ……?」
「……もうっ、また意地悪してるんでしょ……っ」
「今は…お前が俺に、…意地悪してるんだろ、媚薬…飲ませて、我慢させやがって…」

 ギルベルトはイヴァンの胸を押して、身体に力を入れて立ち上がる。足が震えた。前屈みになってしまうのは、致し方がないことだと思う。

「…………する気がねぇなら、仕方ねぇからちょっと抜いてくる……」
「…っ、ま…待って!」
「っふぁ……ッ!?」

 突然イヴァンがギルベルトの腕を掴み呼び止める。触れられた感触に驚き思わずその手を振り払いそうになった。思いの外しっかり掴まれていた為、掴まれた手は外れる事なく気まずくならなかった事は幸いか。

「へ、変な声出ちまったじゃねぇか!」
「…………あ、えっと……、」

 躊躇う様子はあっても、その手を離すことはしないイヴァン。これってもしかして…期待していいんじゃねぇのか、とギルベルトは先を促す。

「……何だよ」
「……し、しようか……?」

 ほら、掛かった。

「――……そうこなくっちゃなぁ?」

 イヴァンは欲張りだ。

「僕は欲張りなの」

 だから、こいつが欲しければ、自分の持っているものをありったけ与えてやらないといけない。

「君の事、手に入れるなら全てが欲しいの」

 しかも、一時的に与えるのでは駄目だ。ずっと与え続けなければ、そいつは身から出た『餌』ではなくて『本体』を食らう。

「ずっとずっと僕の物じゃないと、嫌なの」

 ベッドにギルベルトを横たえて、その身体に覆い被さる。見上げたイヴァンはまだ何処か不安そうだった。
 どうしてここまで疑うのか、不安がるのか、そう言葉にせずに問い掛ければ、それは歴史の流れでギルベルト自身がした行いの結果だとイヴァンの代わりに自答する。

「……ん、っ……」
「ねぇ……、僕の事嫌いになったらどうなるか、分かってるよね?」

 シャツのボタンを震える手で外し、首筋に吸い付く。些細な触感にさえ敏感に反応しているのは、まだ薬の効果が切れていないという事か。随分経つけれど、この薬の効果はいつ切れるのだろう。一瓶ごと、一気に呷ったのがいけなかっただろうか。

「……っふ、ぅ……」

 吐息が漏れる。

「考える……っん、必要なんて…ねぇな。俺はお前を、嫌い…っに、なるはずねぇ」

 素肌に触れる冷えた手のひら。

「ん……相変わらず、冷てーな……手」
「――…あっためてよ」

 僅かに傷ついたような目。ああ、多分誤解している。

「――……知ってるか?手が冷たいっつーのは、心があったかいって事らしいぜ?」
「えっ……?」

 戸惑うような目に、撫でていた手がぎこちなく止まる。

「だから俺はお前の手をあたためる気はない。っつーか、んな目ェすんな。俺は冷たいお前の手が好きなんだよ」

 胸の中心に広げられたその冷たい手に、ギルベルト自身の手を重ねた。

「お前のその手で、俺の手も冷たくしろ」

 触れた手は急速にイヴァンの手のひらの温度に吸われ、冷えていく。それでいい。これは、イヴァンの手を温めるのではなく、ギルベルトの熱を奪っていくもの。

「……うん」

 どこか嬉しそうにそう頷いて、イヴァンは重ねられた手にキスをする。それすらも擽ったく感じた。

「……好き、ギルベルト君」

 イヴァンが嫌いになって欲しがる理由は、自分の手から離れるギルベルトを見たくないだけ。それならば。……離れてやらねぇ、と心の中で呟く。擽ったさに漏れる声を腕で抑えながら、自然とその唇の端が上がるのを隠した。

「……んぅっ、ふ…ぁ、」

 ギルベルトの胸の突起にイヴァンが食む。歯を立てられて、少し、痛い。その痛みをまた慰めるように、舌で嬲る。イヴァンはひたひたと胸から腹へと手のひらを這わせて下りていく。下衣のホックとファスナーを外して下着ごと下ろされる、痛い程そそり勃つそれが外気に触れる。

「……っ、…んっ」

 親指で先端をぬるぬると擦られた。先走りの体液がイヴァンの手を汚す。ギルベルトの反応を窺いながら、今度は両手でそれを包み込む。

「……く…っ、んぁ……っ」

 茎から裏筋、先端とパクパクするその口に愛撫され、行為を始める時点から達したくて仕方がなかったギルベルトは苦痛にさえ思った。苦痛と快楽が鬩ぎ合う。頭痛も治らない。身体を横に倒しているのに、眩暈も治らなかった。

「……イヴァン…、イかせて……っ助けろ…っ」
「早いよ〜」

 思わずそう漏らすと、先程までの初心さは何処へ行ったのか、イヴァンはマイペースなのんびり声でそう告げる。

「イきたいのにイけない時の気持ち知ってるか!?お前…っ、んぁっ!あっ、ア!」

 亀頭が生温かいものに包まれた。唾液でぬるぬるとしたイヴァンの口内。唇を窄めて、ちゅ、と中で吸い上げる。ギルベルトはじわりと涙の膜が瞳に張った。気持ち良すぎてどうにかなってしまいそうだった。それでも、達する程の何かではなく。

「ぁ…あっ、は……ぅ、」

 浅く何度も息を吐いて、甘い吐息を漏らす。イヴァンはその様子を上目遣いで見ながら、喉を鳴らした。今までに、ギルベルトはイヴァンにこんな姿を晒した事はなく、まるでその姿を目に焼き付けるようだった。もぐもぐと頬張りながら。
 足の間にイヴァンの頭がある光景が、受け入れ難い。

「も……やめっ、」
「……は…っ、え?イきたいんでしょ?凄く…気持ちよさそうな顔してるし、色っぽい声だし、続けてもいいよね?」
「な…っ!? あ、ンぁっあ!」

 口を離してそう話し、ギルベルトが反抗しようとしたらまたそれを含んで舐る。水音が鳴り、目の前の光景にも当てられて、ギルベルトは聴覚からも視覚からも、触覚さえも支配されていた。この目の前の、イヴァンに。

「イ…く、イきたい……っは…ぁっあっ、んン……っ」
「いちゅれもいいろ」
「ひっ……ッ喋る、なぁ…っ!」

 ピンポイントで歯が当たり、刺激に変わる。達したくても達せない欲を持て余しながら、それでもイヴァンに翻弄され続けていた。不意に、イヴァンの手がギルベルトのアナルへ触れる。

「うわ……っぁ、んぅ…っ」

 思わず下敷きにしているシーツを握り、手に力が入った。
 普段なら出口でしかないそこを、今は入り口に変えていく。やわやわと指の平で撫で付けて、固く閉ざしたそこを和らげた。口での愛撫もしながら、人差し指を押し込む。ギルベルトは苦しそうに呻いた。

「イヴァンん……っ」

 懇願するようにその名を呼べば、不意にイヴァンの目がギルベルトを捉える。
 ヴィオレットの瞳は真っ直ぐにギルベルトを見つめ、僅かに揺れた。見たことのない表情。
 …欲情か?

「っあッ!んぁ……っ」

 思い当たろうとしたところで、その僅かな余裕を掻き消すようにイヴァンの指が奥へ奥へと埋め込まれ、圧迫していた。太めの指が、ギルベルトの中へ飲まれていく。それは1本から2本、3本と増やされ、思いの外丁寧な愛撫だった。
 こいつならこっちの気も知らないで突っ込んで痛い思いをするかと思ったのに。そんな感想が出るのは行為が終わった後になる程、今のギルベルトには余裕などない。
 充分解されたそこからイヴァンの指が抜ける。内壁が絡みつくように指を引き止めたが、叶わなかった。寧ろ、無意識的でさえあったのだが、ギルベルトはさらに羞恥心に駆られた。
 イヴァンは徐ろに自身の下衣を下ろして自身の性器を外気に晒す。既に彼のそれは固く反り勃っていた。こちらは精力剤のせいで普段より恐らく、いくらかは大きいはずだというのに、それ以上の物理量。

「……っ、」
「ここまで来たら、やめないよ?」
「ってるっつーの……、」

 小さくそう言い返せば、さっきまでの威勢の良さは何処に行ったんだろうね?なんて含み笑いをされた。それが気に入らなくてそっぽを向く。そうすれば、身体の軋みと共にイヴァンの影がギルベルトへと落ちた。影の元をたどると真上にイヴァンがいて、その両腕には自身の足。
 羞恥で涙が滲んだ。どう考えても受け入れさせる体勢だ。

「ギルベルト君、君の全部…頂戴?ね……、」
「ふぁ…ぁっあっ!」

 ぐぐっとイヴァンのペニスがギルベルトの慣らされたアナルへと埋め込まれる。思わずギルベルトは圧迫感に喘いだ。

「待て、まだ…来るな……っそれ以上、はっ…ァあッ!」
「だぁめ、受け入れてよ」
「ひ……っイヴァぁ…っ」

 僅かに痛みが走る。中で裂けたかもしれない。けれどもそれ以上に、中で触れている熱のせいで痛みの感覚は鈍っていた。イヴァンはギルベルトの制止も聞かずに押し入る。イヴァンの全てが入る頃、思わず涙が零れた。

「……痛い?」
「そうじゃ、な…っ」
「……大丈夫?」

 その変な優しさが、ギルベルトにとって、辛い。

「んな事聞くくらいならっ、最初っから俺の話を聞けよぉ……っ」

 責める声も甘ったるくなっていて、懇願するみたいに、泣きつくように、尾を引く声色。情けなくもあったが、自らを律する事は出来なかった。
 イヴァンは唇が掠める程の微かなキスを額や頬に贈ってから、ごめんね、と珍しくしおらしく謝った。

「自分の物にしてもいいのかなって思ったら、今直ぐにでも、君の事欲しくなっちゃったの」
「っ…ばっか……、焦らなくても…逃げねぇよ……っ」

 どうして。どうしてこうも、イヴァンはギルベルトの嬉しくなる事を素で言えたりしてしまうのか。ギルベルトはイヴァンにどう言えば喜ぶのか、考えて言葉を選んでいるというのに。
 イヴァンの体重がギルベルトに掛かる。唇へとキスをした。

「……動いても大丈夫?」
「〜〜〜〜っ」

 こくん、とだけ頷いて、イヴァンの首に腕を回した。その時、この場に不似合いな音が鳴り響く。電子音だった。

「……?」

 まずい、とギルベルトは気づく。この音は、ギルベルトの携帯の着信音だ。しかも、イヴァンが一番気にしている相手、ルートヴィッヒからのもの。電話の音は鳴り響く。携帯電話の位置は、最悪な事に先程イヴァンに脱がされた下衣のポケットからは落ちていて、ベッドの上の手が届く範囲。
 ……いっそ手が届かない範囲ならまだよかった。

「……出る?」

 微笑んでいるイヴァンの様子に、嫌な予感しかしなかった。出たら、絶対に何かある。

「取らないの?」
「っ取ります!」

 だからと言って、ルートヴィッヒからの連絡を無視するわけにはいかなかった。携帯に手を伸ばしその手に掴む。そして、一瞬だけ躊躇ったが、通話終了ボタンを押した。部屋に響く電子音が止む。

「……あれ、切っちゃった?」
「…………メールにすんだよっ」

 繋がったまま、重力に逆らう腕が重たかったが、今までで一番の速度でメールの文章を作り上げる。意識が朦朧としている部分があり、きちんとした文章になっていたかは定かではないが、出来上がった文章をルートヴィッヒに送りつけると、迷わずその携帯を手の届かない範囲に放り投げた。その様子をイヴァンは少し驚いたように見ていた。

「……っおい、続き」

 そう促すと、床に転がった携帯を見つめていたヴィオレットの目がギルベルトへと向き直る。

「……なんて送ったの?」
「……………………覚えてねー」
「たった今送った文章だよ?」
「覚えてない」
「そんな事ないでしょ、」

 尚も食い下がるイヴァンを引き寄せてその唇を塞ぐ。イヴァンを咥え込んでいるそこが、疼いて仕方がなかった。早く続きが欲しくて焦れったい。

「…………『朝帰りします』って送った。満足か?」

 今ある互いの熱が時間によって冷めてしまうのを恐れて、先を急かす。

「え、着信はやっぱりドイツ君?……ドイツ君にも、内緒に…しないの?」

 媚薬を飲んだ事実は、あの場に居た国が全員見ていて知っている。それはルートヴィッヒも等しく、例外はない。その流れで、ギルベルトがイヴァンと姿を消されて、尚且つ朝に帰るというメール。性別の問題はさておき、いくらギルベルトがイヴァンを嫌っているという認識だとしても、流石に少しは疑うだろう。
 そんな当然の予想を立てているイヴァンは気にしているのだろうが、何も気にする事はなかった。

「……あのなぁ、」
「……?」
「俺様は、イヴァンの事が好きだって、他の奴らに言いふらしてぇの。そんくらいワケねぇの。Verstehen Sie?」
「―――……っ」

 イヴァンの目が瞬く。

「納得したら早く続きぅを…っ!?」

 苦しい程に強い抱擁。

「び、っくりさせんなよ……っ苦しいし、いてぇ、」
「好きすぎて、ギルベルト君の事壊しちゃいそう…」
「……早々壊れたりしねぇから安心して好きなだけ好きになれ」

 自分よりも広い背中をそっと撫でてそう諭す。

「うん……好き、ギルベルト君、好き……っ」
「ん……っ、ふぁ…っあっ!」

 キスを数度贈ってから、イヴァンは緩やかに腰を揺らした。それに合わさるように、ギルベルトの嬌声が漏れる。

「もっと…声、聞かせて……っ」
「――っあ!ッはぁ、ンんっ!」

 強弱をつけてギルベルトの性器も責めれば、その色づいた声は室内に響く。恐らくもう暫くで切れるだろう薬の効果と、断続的に与え続けられた快楽とで、理性の箍が外れていた。口から漏れる声は、与えられる快楽のままに従う。

「……もっと強…く、してくんなきゃ、イけな……っふぁっ!あ…ンっ!」
「沢山してあげるから、焦らないで?」
「あっ……ひぁっ!あ…っ、あぁっ……んぁ、」

 男の行為中の声の中でもみっともない分類なのではないか、そう思うけれど、

「うん、もっと……啼いて、」

 それでもイヴァンはその声を嫌がらず、もっとと言って何度も強請った。
 皮ごと裏筋と雁首を擦り上げられて、ギルベルトの中をもイヴァンに侵される。

「ひぅ…イヴァン……っイ、くっ」

 イきそうで、イきたくて、限界状態でいつイけるのか分からず、何度目かのそんな言葉を漏らす。

「いつでも、何度でも…イって、構わないよ……っ、見てるから、ぜんぶ、見せてよ…っ」

 僅かに上擦り掠れた声。それは、蕩けるように甘く甘美に思えた。行為は強さを増して、容赦なくギルベルトを追い詰める。

「あ……っア、っく、ンあぁっ、あ!」
「ギルベルト君っ、もう君は…僕のもの、だからね?」
「んっ、ふぁ?ッあぁ、ぁアぁアァアあッ!」

 最後に強く中と前の両方を擦られ、今までに感じたことのない強い快楽の波に飲まれた。ギルベルトは一際高く大きい嬌声を上げる。強い射精感を伴いながら、無意識に身が強張り、中にあるイヴァンの性器を締め付けた。僅かに彼は眉を顰める。

「……っぁ、ぁ…っはぁ……っ」

 自慰行為などでは得られない、断続的な絶頂を味わいながら、息を整える。呼吸を整える間も、とぷとぷとペニスの先端から精液が溢れた。

「は…ぁっは……っ」

 射精感をずっと我慢していた影響だろう感覚は、一度の射精で大分開放され、酷い頭痛もまだ後を引いているものの多少和らいだ気がした。

「……んぁっ?何す…っひ…ぁ…っ、」

 イヴァンがギルベルトの胸の突起を軽く抓る。

「何度でもイって構わないって言ったでしょ?」
「えっ?いや……えー……、っは…ンっ」

 狼狽えるギルベルトに、それでも容赦なく胸や射精したばかりの性器にまで愛撫をし始め、否が応にも反応を返してしまう。

「だめ……っ、やめろ…って、くっ…ンんっ……!」
「僕まだイってないよ〜?」
「なっ……!?……あ、あっは…ぁっ」

 そう言いながら、腰ではなくて愛撫をして責め立てるのはやめてほしい。確かにイヴァンの言う通り、ギルベルトの中にあるそれはまだ硬く、今にも内壁を抉ってきそうだった。

「わか……っわかったから!付き合う、お前がイくまで付き合うからっ!」
「え〜?何言ってるの?薬のせいで身体辛いんでしょ?辛くなくなるまで、何度もイかせてあげるから。ね?」
「ひっ……!」

 普段から子供っぽいという認識でいたというのに、イヴァンはギルベルトを子供相手にあやすように言いながら、ギルベルトのひくつく中を突く。
 それからはギルベルトが耐え切れず涙でシーツを濡らしながら、懇願しながら、それでも何度も絶頂を迎えさせられて、イヴァンも何度かギルベルトの中へと吐精し、それは初めてのセックスとは思えない程酷いものだった。
 そして日付はとうに変わった真夜中、漸くイヴァンの体力が尽きたようで、繋がっていた身体を解いてどちらが先だったか、寄り添い泥のように眠った。



「……ん、」

 ふと意識が浮上して、瞼を開く。いいだけ性欲を吐き出した為か意識はすっきりしていて、反比例するように身体が重い。手首を見れば、昨夜の行為の前のロープの痕。見える範囲、胸の辺りに散らばる鬱血。覚えのあるところ、行為中首筋を何度か噛まれたり吸われたりした覚えもあるからきっとそこにも痕が残っているだろう。そっとシーツを捲ると、そこには覚えのない鬱血痕と、恐らく中で切れた時のものだろう血痕が身体とシーツに付着している。

「ひっでぇ。……最っ悪だな」

 それでも、隣りで眠るイヴァンの姿とその痕跡のおかげで昨夜の出来事はより確かなものとして、ギルベルト自身を安心させた。かなり酷いなりだと言うのに、こうして嬉しがるのはやはりマゾヒストの気があるのかもしれない。
 帰った後のルートヴィッヒの反応を想像すると冷や汗を掻いたものだが、今は隣りにいる恋人の事だ。すやすやと枕を抱いて寝ている姿に、抱き締めるならそこは俺じゃねーの、と心の中で問い掛けながら、もう一度シーツに埋もれる。今度はなんとなく、起きた時よりも近くイヴァンの傍に寄り添って。

「……なに、してるの……?」
「っ!い、いいい、イヴァンっ!?起きてたのか……?」

 目を擦りながら問い掛けたイヴァンに、ギルベルトは慌てて身体を離して飛び起きた。

「今、起きたの……なんか、くすぐったくて」
「そ、そうか……」
「…………初めてが最悪なえっちでごめんね?」

 イヴァンは裏のある笑顔で、そう告げる。寝起きでもここまで凶悪な面が出来るなら、案外図太いのかもしれない。

「あー……」

 聞こえてたのか、独り言。ギルベルトは目を泳がせてから、そのヴィオレットの瞳をもう一度見つめると、その瞳は瞼で閉ざされた。

「……でも、僕は一度君を掴んだから、もう手放す気なんてないし、逃さないから。これからも我慢して」

 多分、イヴァンのその束縛は、ギルベルトを喜ばせるだけのものでしかない。嬉しそうに微笑む彼を見つめながら、思わずギルベルトはイヴァンの頭を撫でた。

「…………なぁ」
「なに……?」
「やっぱりお前、1月18日、祝わったりしなくていいわ」

 そう無表情で告げれば、イヴァンはどういう風の吹きまわし?と聞き返す。

「俺の中に、お前だけの特別な居場所をくれてやる。今のところ、お前が心配なさそうな日」
「どういう事?」
「11月の…9日じゃなくて、19日。お前は1月祝ってくれる気ねぇみたいだしよぉ、11月19日ならいいんじゃね?俺様超暇だし」
「ん〜……?」

 まだ僅かに眠いのか、もごもごと言葉を飲み込んでいる。

「……その日、何かある…の……?――って、」

 眠そうな目が、瞬いた。知らないと思っていたが、知っていたのだろうか。

「ん、俺様の本当の意味での誕生日。聖母マリア騎士修道会の生まれた日だ」

 イヴァンの目が見開かれる。

「……こっちなら祝ってくれるよな?」

 ぐしゃぐしゃとイヴァンの髪を掻き撫でながら、僅かな不安を胸にそう問い掛けると目の前の恋人は嬉しそうにはにかんだ。

「うんっ」

 何百年も好きな、可愛い可愛い想い人。
 イヴァンが手に入るなら、ギルベルトは誕生日には他に、何も要らなかった。









「よぉ、ヴェスト……」
「…………」

 玄関で仁王立ちした弟を前に、その兄ギルベルトはぎこちなく呼びかける。ルートヴィッヒの視線は、ギルベルトの顔を見、そして首元を見、眉を一瞬跳ね上げた。その表情の変化に、びくりと竦む。
 イヴァンは家の前まで送り届けてくれたがそこで別れた。一応、弟に叱られるみっともない図を見せたくないからだったのだが、その判断は正解だったらしい。

PIXIVに掲載した露普小説です。
2015/9/15アップ